大戸 (さいたま市岩槻区)
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歴史
もとは江戸期より存在した埼玉郡岩槻領に属する大戸村であった[5]。『新編武蔵風土記稿』では民戸40余[6]。
- 初め幕府領、正保年間(1645年 - 1648年)より岩槻藩領[5]。
- 幕末の時点では埼玉郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、岩槻藩領[7]。
- 1871年(明治4年)
- 1873年(明治6年):大光寺に長宮学校(現・さいたま市立川通小学校)[9][10]を開設する。明治8年から明治19年にかけて大戸学校を名乗っていた。
- 1879年(明治12年)3月17日:郡区町村編制法により成立した南埼玉郡に属す。郡役所は岩槻町に設置。
- 1889年(明治22年)4月1日:町村制施行に伴い、大戸村・大口村・南平野村・長宮村・大野島村・増長村・大谷村・大森村・新方須賀村が合併し、川通村が成立[5]。川通村の大字大戸となる。
- 1954年(昭和29年)
- 2005年(平成17年)4月1日:岩槻市がさいたま市に編入合併され、同市岩槻区の大字となる。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下のとおりとなる[12]。
| 区域 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | さいたま市立川通小学校 | さいたま市立川通中学校 |