南平野 (さいたま市)
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地価
歴史
もとは江戸期より存在した埼玉郡岩槻領に属する平野村であった[5]。
- 初めは岩槻藩領、以降変遷なし[5]。
- 幕末の時点では埼玉郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、岩槻藩領[6]。
- 1871年(明治4年)
- 1879年(明治12年)3月17日:郡区町村編制法施行に伴い、南埼玉郡に所属と同時に南平野村に改名される[5][8]。
- 1889年(明治22年)4月1日:町村制施行に伴い、大口村・南平野村・長宮村・大野島村・増長村・大谷村・大戸村・大森村・新方須賀村が合併し、南埼玉郡川通村が成立し、川通村の大字南平野となる[8]。
- 1954年(昭和29年)
- 1971年(昭和46年)
- 2005年(平成17年)4月1日:岩槻市がさいたま市に編入合併され、同市岩槻区の大字となる。
- 2008年(平成20年)2月9日:大字南平野の一部が東岩槻六丁目に編入される[11]。
- 2011年(平成23年)10月8日:南平野土地区画整理事業が完了し、大字南平野および大字長宮の各一部から南平野一丁目 - 五丁目が成立[12]。
字
- 丸田(まるた)
- 中通丸田(なかどおりまるた)
- 深町(ふかまち)
- 下六反(しもろくたん)
- 上六反(かみろくたん)
- 清賀(せいか)
- 堤外
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下のとおりとなる[13]。
| 丁目・大字 | 区域 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 南平野一丁目 | 全域 | さいたま市立上里小学校 | さいたま市立川通中学校 |
| 南平野二丁目 | 全域 | さいたま市立川通小学校 | |
| 南平野三丁目 | 全域 | ||
| 南平野四丁目 | 全域 | ||
| 南平野五丁目 | 全域 | ||
| 大字南平野 | 799 - 884番地 | さいたま市立城北小学校 | さいたま市立城北中学校 |
交通
施設
脚注
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
- 旧高旧領取調帳データベース
