深谷友基

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愛称 ファルコン
カタカナ フカヤ ユウキ
ラテン文字 FUKAYA Yuki
国籍 日本の旗 日本
深谷 友基
名前
愛称 ファルコン
カタカナ フカヤ ユウキ
ラテン文字 FUKAYA Yuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1982-08-01) 1982年8月1日(43歳)
出身地 愛知県岡崎市
身長 180cm
体重 73kg
選手情報
ポジション DF (CB)
利き足 右足
ユース
1998-2000 日本の旗 三好高校
2001-2004 日本の旗 阪南大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2009 日本の旗 大分トリニータ 140 (7)
2010-2012 日本の旗 大宮アルディージャ 63 (7)
2013 日本の旗 大分トリニータ 4 (0)
2014-2015 日本の旗 FC岐阜 13 (0)
2016-2017 日本の旗 愛媛FC 20 (0)
通算 240 (14)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

深谷 友基(ふかや ゆうき、1982年8月1日 - )は、愛知県岡崎市出身の元プロサッカー選手。現役時代の登録ポジションはディフェンダー(センターバック)。

中学校までは主にMFを務め、1年生の時からレギュラーを務めた。中学卒業後は、愛知県立三好高等学校に進学。同校初のインターハイ全国大会出場に貢献。阪南大学在学中の2003年-2004年特別指定選手として京都パープルサンガに登録され、サテライトリーグに出場した。

2005年大分トリニータに加入。同年のリーグ戦では新人ながらチーム最多の32試合に出場した。以降も同年途中から監督となったペリクレス・シャムスカの下レギュラーに定着。特に2008年には「カメナチオ」と呼ばれたリーグ最少失点(Jリーグ記録)を記録したチームでスタメンCBとして出場を続け、クラブ歴代最高順位となるリーグ戦4位・ヤマザキナビスコカップ優勝に貢献した。しかし、優勝争いの天王山となった11月23日鹿島戦で膝を負傷。左膝前十字靱帯損傷、内側半月板損傷で全治6か月という重傷を負った。

前年の負傷の影響でシーズン前半戦は試合に出場できなかった。その間大分はリーグ戦14連敗を喫するなど不振に陥り監督もシャムスカからランコ・ポポヴィッチに交代した。復帰戦となった18節・浦和戦で決勝点となるゴールを決め連敗記録を14でストップさせる等シーズン後半戦からの大分の復調に貢献するも、実らずJ2降格となった。同年オフ、降格に加え大分が深刻な経営難により主力選手を保持出来なくなったこともあり、大宮アルディージャに完全移籍。移籍1年目の2010年は自身最多となるリーグ戦6ゴールを記録した。

2013年、大分へ完全移籍。4年ぶりの古巣復帰となったがコンディション不良により出場機会はほとんどなかった[1]

2014年、地元・東海に本拠地を置くFC岐阜に移籍。別府キャンプ初日に当時監督のラモス瑠偉から副主将に指名された。翌2015年は主将を務めた。

2016年愛媛FCへ完全移籍[2]2017年シーズンを以て、現役を引退[3]

現在は父親の経営する愛知県岡崎市の人材派遣会社サンヨウに勤務[4]

人物

大分に入団後から2007年まではスキンヘッドであったが、翌2008年以降はソフトモヒカンを通していた。

2006年11月14日結婚

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2005大分4J13215020391
20063115120382
20073135020383
20083219000411
20091413020191
2010大宮2562000276
20112712010301
20121104010160
2013大分40101060
2014岐阜3J230-0030
20154100-20120
2016愛媛22110-30140
201790-10100
通算日本J1 2071436111025415
日本J2 330-60390
総通算 2401436117029315

タイトル

クラブ

阪南大学
大分トリニータ

脚注

関連項目

外部リンク

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