片桐ひろみ
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | カタ | |||||
| カタカナ | カタギリ ヒロミ | |||||
| ラテン文字 | KATAGIRI Hiromi | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1973年7月11日(51歳) | |||||
| 出身地 | 神奈川県 | |||||
| 身長 | 166cm | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1991-1994 |
| 69 | (1) | |||
| 1995-1997 |
| 36 | (0) | |||
| 1998-2001 |
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| 2001 |
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| 2002 |
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| 2002-2003 |
| 31 | (2) | |||
| 2004-2007 |
| 62 | (2) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
片桐 ひろみ(かたぎり ひろみ、1973年7月11日 - )は、神奈川県出身の元女子サッカー選手、指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。
小学校4年生のころサッカーを始める。神奈川県立座間高等学校3年生であった1991年、チームが日本女子サッカーリーグ(JLSL/現・なでしこリーグ)に参入したため全国リーグデビュー。キャプテンとしてチームをまとめた。高校卒業後はアルバイトをしながら、のちにはチームスポンサーのフジタへ就職しながらプレーを続け、1996年には第17回全日本女子サッカー選手権大会で優勝に貢献した。
このころシドニーオリンピックに向けた若手選手育成プログラム「シドニープラン」のメンバーに選ばれ、オーストラリア遠征での外国チームとの対戦を通して海外でのプレーを希望。1998年、フジタを退社してドイツ女子ブンデスリーガの強豪のひとつ、FCRデュイスブルクに移籍した。
FCRデュイスブルクでは試合中のケガなどに苦しみ、2001年にはFFCフーラスハイムに移籍。そこでドイツカップ2位に貢献し、翌2002年にはバイエルンミュンヘンの女子チームからオファーを受け移籍。シーズン終了後に契約延長の提示を受けたが、日本代表になるために帰国を決断。さいたまレイナスに移籍した。
レイナス加入直後の2002年7月、代表候補トレーニングキャンプメンバーに招集されたが、代表メンバーに選ばれることはなかった。
2003年には1月の第24回全日本女子サッカー選手権大会でベスト4、NEW!!わかふじ国体では神奈川女子チームで参加し3位、翌2004年には2004 L・リーグ1部(L1)で念願の初優勝を収めた。
2004シーズン終了後、現役引退によりJAPANサッカーカレッジで指導者として活動する予定であったが、同じ敷地内で練習するアルビレックス新潟レディースの練習に参加したことにより現役を続行。北信越女子サッカーリーグから日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)へ参入したばかりのチームで主将としてチームを率い、2006年に念願のディビジョン2(Div.2)優勝と翌シーズンのDiv.1昇格を決めるとともに、このシーズンのDiv.2部門MVPを獲得した。
2007年シーズン終了後、現役引退。
2013年より、アルビレックス新潟レディースのコーチに就任。