大野忍

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愛称 しの
カタカナ オオノ シノブ
ラテン文字 OHNO Shinobu
国籍 日本の旗 日本
大野 忍
名前
愛称 しの
カタカナ オオノ シノブ
ラテン文字 OHNO Shinobu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1984-01-23) 1984年1月23日(42歳)
出身地 神奈川県座間市
身長 156cm
体重 56kg
選手情報
ポジション FW / MF
利き足 右足
ユース
横須賀シーガルズFC
読売日本サッカークラブ女子メニーナ
NTVメニーナ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999-2010 日本の旗 日テレ・ベレーザ 192+α (136+α)
2011-2012 日本の旗 INAC神戸レオネッサ 34 (25)
2013 フランスの旗 オリンピック・リヨン 5 (0)
2013 日本の旗 ASエルフェン狭山FC 8 (2)
2014 イングランドの旗 アーセナルLFC 10 (0)
2015-2017 日本の旗 INAC神戸レオネッサ 55 (15)
2018-2019 日本の旗 ノジマステラ神奈川相模原 31 (2)
通算 335+α (180+α)
代表歴2
2002  日本U-19 4 (3)
2003-2016  日本 139 (40)
監督歴
2024 日本の旗 スペランツァ大阪
獲得メダル
女子サッカー
女子W杯
2011 ドイツ
2015 カナダ
オリンピック
2012 ロンドン女子
1. 国内リーグ戦に限る。2018年11月3日現在。
2. 2016年3月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
オリンピック凱旋パレード(2012年8月19日撮影)

大野 忍(おおの しのぶ、1984年1月23日 - )は、神奈川県座間市出身の元女子サッカー選手。元日本女子代表(なでしこジャパン)。現サッカー指導者。神奈川県立栗原高等学校卒。ポジションはフォワードミッドフィールダー日本女子サッカーリーグ歴代最多通算得点(182ゴール)記録保持者[1]

ユース

小学1年生の時に2人の兄の影響でサッカーを始め、小学4年生の時に神奈川県横須賀市にある女子サッカーチーム「横須賀シーガルズFC」に加入[2]。中学に上がる時に読売西友メニーナ(現日テレ・メニーナ)のセレクションを受け合格[2]。高校時代の1999年にベレーザへ昇格し、5試合に出場した。

シニア

2005年にはリーグで全21試合に出場し、24得点をあげてMVP(最優秀選手賞)を受賞した[3]

2007年シーズンには23得点を挙げてリーグの得点王とMVPの2冠を獲得した[4]

2008年、日テレ・ベレーザとプロ契約を締結[5]

2010年、なでしこリーグでベレーザのエースとして13ゴールを記録し2年ぶり3回目の得点王を獲得、リーグ史上最多となる3度目のMVPに選出された[6]

2011年1月、経営難の日テレからプロ契約の打ち切りを宣告され、澤穂希近賀ゆかり南山千明とともにINAC神戸レオネッサに移籍した[7]。なでしこリーグでは同僚の川澄奈穂美と並び12得点で2年連続4度目の得点王を獲得した[8]

2012年はINACの主将に指名された[9]4月15日に行われた2012シーズン開幕戦のスペランツァFC大阪高槻戦で直接FKで得点を決め、なでしこリーグ通算得点数を151とし、歴代通算得点記録を更新[10]。このシーズンは主にトップ下で起用されながらも18試合で13得点(得点ランキング3位)、14アシスト(アシストランキング1位)の成績を残した。

同年12月28日フランス女子サッカーリーグオリンピック・リヨンへ移籍することが発表された[11]

2013年7月4日、オリンピック・リヨンからチャレンジリーグ(日本女子サッカーリーグ2部)のASエルフェン狭山FC(現ちふれASエルフェン埼玉)へ移籍することが発表された[12][13]

2014年2月16日イングランドFA女子スーパーリーグアーセナルLFCへの移籍を発表した[14][15]

2015年1月8日、古巣のINAC神戸レオネッサへ復帰[16][17]

2017年12月25日、INAC神戸レオネッサを退団することが発表された[18][19]

2018年1月22日ノジマステラ神奈川相模原への移籍を発表[20][21]。同年9月30日に行われた第13節 AC長野パルセイロ・レディース戦でなでしこリーグ通算300試合出場を達成した[22]山郷のぞみ(通算325試合)、小野寺志保(同315試合)、澤穂希(同319試合)に続く史上4人目の記録達成者であった[23]

2020年2月5日、現役引退を発表[24][25]

代表

2003年、日本女子代表に初招集され、同年1月12日サンディエゴで行われた国際親善試合アメリカ戦が代表デビュー戦となった[26]

2008年、東アジアサッカー選手権2008では3得点で得点王を獲得[27]

2011年7月、2011 FIFA女子ワールドカップでは右サイドのMFとして全試合スタメン出場し、グループリーグ第2戦のメキシコ戦でゴールを決めるなど優勝に貢献。FIFAが発表した大会優秀選手21人にも選出された[28][29][30]

2012年夏に行われたロンドンオリンピックでは2トップの一角として起用され、決勝トーナメント準々決勝ブラジル戦で1得点を挙げるなど[31]、準優勝に貢献。

2016年リオデジャネイロオリンピックのサッカー女子アジア最終予選のメンバーに選出され、ベトナム戦では1得点を挙げたが、チームは予選3位となり五輪出場権を逃した[32][33]

指導者

2020年3月1日、古巣INAC神戸レオネッサの育成組織であるINAC東京のテクニカルコーチに就任[34]

2021年1月12日、INAC東京テクニカルコーチを退任[35]、同年2月6日にWEリーグ大宮アルディージャVENTUSコーチに就任した[36]

2023年7月7日スペランツァ大阪のコーチに就任した[37]。同年10月13日、2024シーズンからスペランツァ大阪の監督に就任することが発表された[38]

2024年8月30日、スペランツァの監督をシーズン途中で退任しゼネラルマネージャーに就任した[39]が、同年9月9日にスペランツァ大阪を退団し[40]、INAC神戸レオネッサのヤングプレーヤーデベロップメントコーチに就任[41]、同年10月30日にコーチに就任した[42]

個人成績

タイトル・表彰

脚注

外部リンク

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