安藤梢
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| 名前 | |||||||||||||||||||||||
| 愛称 | ねえさん[1]、あんち、あんこず、ずーちゃん、こずこず | ||||||||||||||||||||||
| カタカナ | アンドウ コズエ | ||||||||||||||||||||||
| ラテン文字 | ANDO Kozue | ||||||||||||||||||||||
| 基本情報 | |||||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1982年7月9日(43歳)[1] | ||||||||||||||||||||||
| 出身地 | 栃木県宇都宮市[1] | ||||||||||||||||||||||
| 身長 | 165cm[1] | ||||||||||||||||||||||
| 体重 | 57kg[1] | ||||||||||||||||||||||
| 選手情報 | |||||||||||||||||||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | FW / MF / DF | ||||||||||||||||||||||
| 背番号 | 10 | ||||||||||||||||||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||||||||||||||||||
| ユース | |||||||||||||||||||||||
| 河内SCジュベニール[1] | |||||||||||||||||||||||
| 陽北中学校サッカー部[1] | |||||||||||||||||||||||
| 1998-2000 | 宇都宮女子高校[1] | ||||||||||||||||||||||
| 2001 | 筑波大学[1] | ||||||||||||||||||||||
| クラブ1 | |||||||||||||||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | ||||||||||||||||||||
| 2002-2004 |
| 45 | (30) | ||||||||||||||||||||
| 2005-2009 |
| 101 | (68) | ||||||||||||||||||||
| 2009 |
| 1 | (1) | ||||||||||||||||||||
| 2009-2013 |
| 58 | (19) | ||||||||||||||||||||
| 2013-2015 |
| 52 | (16) | ||||||||||||||||||||
| 2015-2017 |
| 35 | (5) | ||||||||||||||||||||
| 2017- |
/三菱重工浦和レッズレディース | 105 | (18) | ||||||||||||||||||||
| 通算 | 397 | (157) | |||||||||||||||||||||
| 代表歴2 | |||||||||||||||||||||||
| 1999-2015 |
| 126 | (19) | ||||||||||||||||||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2025年5月17日現在。 2. 2015年6月8日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||||||||||||||||||
安藤 梢(あんどう こずえ、1982年7月9日 - )は、栃木県宇都宮市出身の女子サッカー選手。三菱重工浦和レッズレディース所属。元サッカー日本女子代表。学位は体育科学博士(筑波大学大学院・2018年)[2]。筑波大学 人間総合科学学術院 人間総合科学研究群 スポーツウエルネス学・助教。
ユース
父親の影響で3歳ころからボールを蹴り始め、幼稚園の年中の時に男子のサッカークラブに入った[3]。小学3年生からは通っていた小学校のサッカー少年団に入り[3]、小学4年生のときからは阿満憲幸が1999年に立ち上げた栃木県内の女子サッカーチーム「河内サッカークラブジュベニール」を掛け持ちしてプレーしていた[3][4]。このチームの後輩には鮫島彩がいた[5]。小学5年生のときには手塚貴子から指導を受けた[4]。小学6年生の夏、河内SCジュベニールは全国少女サッカー大会に出場して優勝を果たし、安藤は大会MVPを獲得した[6]。小学校の卒業文集には、「世界一のサッカー選手になる!」と書いたが、約16年後のドイツ女子W杯でそれを実現している[5]。
中学時代の3年間は男子サッカー部でプレーした[4]。
中学校卒業後、栃木県立宇都宮女子高等学校に進学し、女子サッカー部に入部[4]。当時はトップ下、フォワードとしてプレーしていた。
高校1年の冬、アメリカで行われたアディダスカップのU-18日本代表で活躍した。高校3年時には全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会準優勝の立役者となった。
栃木県立宇都宮女子高等学校を卒業後、筑波大学に進学し女子サッカー部に所属。男子サッカー部の練習にも参加した[4]。
シニア
- さいたまレイナスFC〜浦和レッズレディース
2002年、筑波大学在学中に同大学女子サッカー部を退部してさいたまレイナスFCに入団。入団初年度から出場機会を与えられ、シーズン終了後Lリーグ新人王を受賞した。2004年度と2009年度にはリーグ優勝を経験し、双方の年度でリーグ最優秀選手・得点王となった他、リーグベストイレブンに6回選出された。一方、サッカー部からの退部後も筑波大学に残り、大学卒業後も2005年に同大学の大学院に進学して、研究活動と選手活動を両立させていた。2006年に浦和レッズレディースとプロ契約を結んだ。
- ブンデスリーガ (デュースブルク、1.FFCフランクフルト、SGSエッセン)
2009年12月27日、ドイツ女子ブンデスリーガ1部のFCR2001デュースブルク (FCR 2001 Duisburg)への移籍が発表された[7]。翌2010年3月、ツヴァイテ (2軍) チームに出場して1得点を挙げた[8]。ツヴァイテチームでの出場はこの試合限りであり、トップチームでの試合出場が中心である。この年度は、女子DFBポカールで優勝を経験した。
2013年1月31日、2009年から在籍したFCR2001デュースブルクが破産申請した影響を受け、1.FFCフランクフルトへの移籍が発表された[9]。
2015年5月14日、1.FFCフランクフルトが、UEFA女子チャンピオンズリーグで7大会ぶり4回目の優勝。決勝では後半42分から左MFで途中出場し優勝の歓喜を味わった[10]。日本のUEFA女子チャンピオンズリーグ制覇は、大儀見優季、大滝麻未に次いで3人目の快挙となった。
2015年10月21日、SGSエッセンへの移籍が発表された[11]。この一連のドイツ滞在中、安藤は筑波大学の博士課程を休学するなどし、同大学での学籍を残していた[12]。
- 浦和レッズレディース(2017年- )
2017年6月1日、7年半ぶりに古巣の浦和レッズレディースに復帰した[13]。
2018年には大学院進学から14年目で筑波大学で博士(体育科学)の学位を取得した[14]。
2021年3月1日、サッカーのトップリーグの現役選手のままで筑波大学体育系の助教に就任した[注釈 1][15]。
2022-23シーズン、主にセンターバックとしてリーグ戦全試合に出場し、チームのWEリーグ初優勝に貢献。MVPとベストイレブンを受賞した[16]。
2024年1月20日に行われた第45回皇后杯準決勝のサンフレッチェ広島レジーナ戦で負傷し、左膝前十字靭帯損傷(全治8~10ヶ月)と診断された[17]。
代表
1999年、16歳(高校1年生)で日本代表に召集され、FIFA女子ワールドカップ アメリカ大会でA代表デビューを果たした[18]。
アテネ・北京と、2度オリンピックに出場した他、2007 FIFA女子ワールドカップに出場した。当初はフォワードやミッドフィールダーとして招集されていたが、大橋浩司監督時代より右のサイドバックとして招集され、実際の試合においてもサイドバックまたはサイドハーフとして起用される機会が増えた[19]。
監督が佐々木則夫になってから再びFWとして起用される事となり、2011年の第6回FIFA女子ワールドカップでは、全6試合に2トップの一角として先発出場、得点こそなかったが優勝に貢献した。同年7月9日に行われた準々決勝ドイツ戦では延長戦の末に1-0で初めてドイツを下し、監督の佐々木は「(ドイツ戦の)MVPは安藤にやりたいくらい」とそのプレーを称賛した[20][21]。
同年7月21日、栃木県出身の鮫島彩とともに、同県女性史上初の栃木県民栄誉賞を受賞した[22]。
2012年8月10日、ロンドンオリンピックにおける銀メダル獲得の貢献に対して、鮫島彩とともに栃木県スポーツ功労賞を授与された[23]。
2015年6月に開催されたFIFA女子ワールドカップカナダ大会ではグループリーグ初戦のスイス戦で前半27分に安藤がペナルティエリア内で相手GKに倒されPKを獲得し、これを宮間あやが決め日本は1-0で勝利したが、安藤は相手GKと交錯した際に左足首を骨折して負傷交代をしており、その後チームからの離脱を余儀なくされ、出場はこの1試合にとどまった[24]。
個人成績
タイトル・表彰
クラブ
浦和レッズレディース / 三菱重工浦和レッズレディース
- WEリーグ: 2回 (2022-23、2023-24)
- AFC女子クラブ選手権: 1回 (2023)
- WEリーグカップ: 1回 (2022-23)
- 皇后杯 JFA 全日本女子サッカー選手権大会: 1回 (2021)
- 日本女子サッカーリーグ(L・リーグ、なでしこリーグ)1部: 3回 (2004、2009、2020)
FCR2001デュースブルク
- 女子DFBポカール: 1回 (2009-10)
1.FFCフランクフルト
- 女子DFBポカール: 1回 (2013-14)
- UEFA女子チャンピオンズリーグ: 1回 (2014-15)
代表
日本女子代表(なでしこジャパン)
- FIFA女子ワールドカップ: 1回 (2011)
- 東アジアサッカー選手権: 1回 (2008)
個人
表彰
- 国民栄誉賞(2011年、2011 FIFA女子ワールドカップ日本女子代表の一員として)
- 紫綬褒章(2011年、同上)