牛田本町
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経済
産業
店舗・企業
- 1丁目
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地域
教育
- 5丁目
健康医療機関
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相談
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施設
交番
- 2丁目
宗教
- 1丁目
- 4丁目
- 光明寺(浄土真宗本願寺派) - 光明寺は碓井松濤開基住職のもと、1933年に現在地に建てられた[6]。同時に光明寺付属見立山保育園(現社会福祉法人 広島光明学園)を併設し、布教活動を続けながら寺の護持に努めた[6]。1945年8月6日、広島市への原子爆弾投下により本堂、庫裏は倒壊したが、門徒の方々や近所の人たちの尽力により再建され、改修をかさね現在に至っている[6]。碓井松濤開基住職の子には碓井静照(医師)、碓井法明(広島市議会議員)、碓井真行(光明寺住職、画家)などがいる。
ビル、マンション、アパート等
- 1丁目
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- 3丁目
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- 5丁目
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その他
- 6丁目
- 安田学園 牛田総合グラウンド
事件・事故

- 2008年10月 - 2丁目の牛田交番の正面玄関に、男性の運転する乗用車が突っ込んだ。
- 2010年10月 - 1丁目のマンションで、母親が幼児2人の首をタオルで絞めて窒息死させた。
- 2016年12月 - 新こうへい橋交差点で、普通乗用車が橋のガードレールに衝突した。運転していた男性は病院に運ばれたが、まもなく死亡した。
- 2021年7月16日 - 午前5時45分ごろ、牛田本町6丁目、広島高速交通(安佐南区)が運行するアストラムラインの牛田駅近くの国道54号交差点でバイクと乗用車が衝突し、バイクを運転していた20代とみられる男性が死亡した[7]。
- 2023年4月19日 - 広島県は県発注の工事で、被爆当時からあった牛田本町にある被爆樹木のシダレヤナギを誤って伐採したと発表した[8]。
交通
出身・ゆかりのある人物
学者
- 小川二郎(英文学者、広島大学教授[9]) - 大阪市出身で、牛田本町に居住していた[9]。
- 紀藤信義(文学博士、広島大学教授) - 山口県出身で、牛田本町6丁目に居住していた[10]。
- 鈴木敏也(国文学者、広島文理科大学教授)[11] - 愛知県出身で、牛田本町に居住していた[11]。
- 頼桃三郎(国文学者、広島大学教授) - 牛田本町6丁目に居住していた[12]。
政治・行政・経済
- 井関章(フジタ顧問) - 牛田本町1丁目に居住していた[10]。
- 碓井法明[13](広島光明学園理事長、広島市議会議長) - 1942年生まれで、3歳6ヶ月の時に原爆を体験した被爆者である[13]。
- 日下晃次郎[14](加奈陀サン生命保険広島支部長[14]) - 三津町出身で、牛田本町に居住していた[14]。
- 古池信三(逓信官僚) - 岐阜県出身で、広島逓信局規画課長の頃に牛田本町に居住していた[11]。
- 橋口隆(通産官僚) - 広島通産局長の頃に牛田本町に居住していた[15]。