白島 (広島市)
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| アメリカ国立公文書記録管理局が所有する米軍撮影写真。 | |
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作家の阿川弘之によれば「白島のもとの地名は箱島、太田川の三角洲の北辺に位置し、閉鎖的な芸州広島藩城下町の中でも特に因循閉鎖的な、それこそ箱で囲つたやうな狭い古くさい地域であつた。白島西中町とか、白島九軒町とか、幾つかの小区画に分れて町制を敷いてゐるが、川一つ越すと牛田村になる。」という[1]。
地理・歴史
地名
地名の由来
- 白島(はくしま)
- 白島が島だったころの箱島に由来している
「広島」の地名の由来とする説
- 広島は16世紀末から、太田川河口を埋め立てて建設された人工都市であるが、その地名の由来は、現在でも定説が無い。現在ではほとんど取り上げられないが、「白島は、かつて“しろしま”と読み、これがなまって“ひろしま”になった」という俗説が、かつてあった。
- 昭和20年代までは、実際に白島を「しろしま」と言う人が少なからずおり、この説を信じる人もいたが、前述の通り「白島」は元は「箱島」であり、信憑性の無い俗説と言わざるを得ない。
住居表示
施設
交通
鉄道
路面電車の沿革

- 八丁堀から東白島まで延びる広島電鉄白島線は、広島電鉄本線とともに広島電鉄の創業路線として開業し、原爆投下後は現在の白島通りに移設し再開した。長らく単独路線であった白島線だが、創業から101年後の2013年、江波電停までの直通運転が開始された。現在は牛田方面などへの延伸が検討されているが、実現されるにはかなりの時間がかかるとみられている。
道路
バス路線
橋梁
- 本川と京橋川の分岐点より京橋川側のやや下流に位置する市内唯一の吊り橋。1889年(明治22年)、白島町北端に駐屯する陸軍工兵第5連隊が、牛田村内の作業所との連絡のため架設した。現在の橋は戦後架け替えられたものである。