田中正大 (造園学者)
From Wikipedia, the free encyclopedia
和歌山県に生まれる[3]。1949年に、京都大学農学部林学科を卒業する[3]。
東京に移り、1950年1月に東京都世田谷区立富士中学校教諭となる。以後、世田谷区立八幡中学校(1954年5月)、 豊島区立大塚中学校(1961年4月)、 清瀬市立清瀬第二中学校(1971年4月)でそれぞれ教諭を務めた。 1973年から1978年まで、東京都「緑の監視員」となる。その傍ら、1976年から1978年まで「清瀬の自然を守る会」の副会長も務めた。
1978年4月、東京農業大学短期大学農業科教授に就任する。1981年4月から1983年まで、農業大学短期大学農業科科長となる。一方で1982年から1987年まで信州大学農学部非常勤講師(7月から翌3月の間で)も務めた。[4]
1995年に、東京農業大学を退職した[1]。