田畑晴菜
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| 名前 | ||||||||||||||||||||
| カタカナ | タバタ ハルナ | |||||||||||||||||||
| ラテン文字 | TABATA Haruna | |||||||||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 2002年5月27日(23歳)[1] | |||||||||||||||||||
| 出身地 | 大阪府[1] | |||||||||||||||||||
| 身長 | 164cm[1] | |||||||||||||||||||
| 体重 | 57kg[1] | |||||||||||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||||||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF | |||||||||||||||||||
| 背番号 | 5 | |||||||||||||||||||
| 利き足 | 右足 | |||||||||||||||||||
| ユース | ||||||||||||||||||||
| ヴィエントFCとよの | ||||||||||||||||||||
| JFAアカデミー堺 | ||||||||||||||||||||
| セレッソ大阪堺ガールズ | ||||||||||||||||||||
| セレッソ大阪堺アカデミー | ||||||||||||||||||||
| クラブ1 | ||||||||||||||||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||||||||||||||||
| 2018-2022 |
| 72 | (6) | |||||||||||||||||
| 2023-2024 |
| 25 | (0) | |||||||||||||||||
| 2024- |
| 35 | (5) | |||||||||||||||||
| 通算 | 132 | (11) | ||||||||||||||||||
| 代表歴 | ||||||||||||||||||||
| 2022 |
| 6 | (1) | |||||||||||||||||
| 2023 |
| 6 | (0) | |||||||||||||||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2025年11月16日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||||||||||||||||
田畑 晴菜 (たばた はるな、2002年5月27日 - )は、大阪府出身の女子サッカー選手。スウェーデン・ダームアルスヴェンスカンのAIKフットボール所属。ポジションはディフェンダー。セレッソ大阪堺レディース(現セレッソ大阪ヤンマーレディース)9期生。
ユース
セレッソ大阪堺レディース・ガールズのセレクションに合格。U-16、U-19、U-20日本女子代表[1]。
2018年、セレッソ大阪堺レディースに下部組織選手として登録。主にセンターバックで起用された。
シニア
2021年、浜野まいかの移籍以降は、主にスリートップの一角として起用され、第17節の初得点から最終節の6試合で5得点を挙げた[2]。
2023年1月20日、マイナビ仙台レディースへの完全移籍が発表された[1]。仙台では2年目の皇后杯の5回戦、愛媛FCレディース戦で在籍初ゴールを挙げた。
2024年6月20日、海外挑戦のためマイナビ仙台レディースを退団[3]。同年7月9日、ダームアルスヴェンスカン(スウェーデン1部)のAIKフットボールへの移籍が決まった[4]。
同年8月24日のリーグ戦第16節のヴィットショーGIK戦で公式戦デビューを果たした[5]。ポジションは加入当初は右サイドバックだったが、その後は主に右ウィングまたはボランチを務めることが多い。同年9月22日のリーグ戦第20節のIFブロマポイカルナ戦で、前半44分に加入後初ゴールを決めた[6]。
代表
2022年、2022 FIFA U-20女子ワールドカップメンバーに選出。全試合先発出場を果たした[7]。全試合でディフェンダー起用だった。チームは決勝戦でスペインに1-3で敗れ準優勝だった[7]。
2023年9月開催のアジア競技大会のメンバー(B代表)に初選出され[8]、グルーブステージ3試合を含む全6試合に出場した。決勝の北朝鮮戦では後半80分から途中出場するも、直後に相手選手にのしかかられ、右眼窩壁骨折(全治5週間)の重傷を負った[9]。