皇后崎町
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河川
地域の特徴
歴史
1914年(大正3年)に西鉄北九州線が開通した際に、当町域に皇后崎停留場,皇后崎変電所が設置され、その頃から皇后崎と通称されていた[4]。なお、西鉄北九州線は2000年に路線廃止となり、皇后崎停留場も廃駅となっている。
地名の由来
三韓征伐の際に神功皇后が兵船を寄せられたことにちなんでおり[5]、町内に上陸記念碑がある。
沿革
- 1959年(昭和34年) - 皇后崎町新設[4]。
- 1963年(昭和38年)2月1日 - 八幡市、戸畑市、小倉市、若松市、門司市の5市が合併し、北九州市が発足。八幡市皇后崎町は北九州市八幡区皇后崎町となる。
- 1963年(昭和38年)4月1日 - 北九州市が政令指定都市に指定され、八幡区、戸畑区、小倉区、若松区、門司区の5区を設置。北九州市八幡区皇后崎町は北九州市八幡区皇后崎町となる。
- 1973年(昭和48年)6月1日 - 大字熊手,大字穴生の各一部が皇后崎町に編入、住居表示実施[6]。
- 1974年(昭和49年)4月1日 - 八幡区が八幡西区と八幡東区に分かれ、八幡区皇后崎町は八幡西区皇后崎町となる[7]。
町名の変遷
| 実施内容 | 実施年月日 | 実施後 | 実施前 |
|---|---|---|---|
| 町名新設 | 1959年(昭和34年) | 皇后崎町 | 大字熊手の一部[4] |
| 住居表示 | 1973年(昭和48年)6月1日 | 皇后崎町 | 皇后崎町の全部、大字熊手,大字穴生の各一部[4] |
世帯数と人口
2025年(令和7年)3月31日現在(北九州市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 皇后崎町 | 521世帯 | 865人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 1,157人 | [8] | |
| 2000年(平成12年) | 1,034人 | [9] | |
| 2005年(平成17年) | 1,064人 | [10] | |
| 2010年(平成22年) | 1,049人 | [11] | |
| 2015年(平成27年) | 975人 | [12] | |
| 2020年(令和2年) | 914人 | [13] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 500世帯 | [8] | |
| 2000年(平成12年) | 465世帯 | [9] | |
| 2005年(平成17年) | 472世帯 | [10] | |
| 2010年(平成22年) | 489世帯 | [11] | |
| 2015年(平成27年) | 512世帯 | [12] | |
| 2020年(令和2年) | 498世帯 | [13] |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[14]。
| 町 | 街区 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 皇后崎町 | 1 - 14番 | 北九州市立青山小学校 | 北九州市立熊西中学校 |
| 15番 | 北九州市立穴生中学校 |