西曲里町
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地域の特徴
歴史
昭和11年から三菱化成(現三菱ケミカル)の社宅が建設され、かつては住宅街であった[4]。しかしながら昭和40年代後半から持家制度化が進んだため社宅は漸次取り壊され、1987年(昭和62年)から三菱化成と西武グループによる再開発が行われた。東曲里町にまたがって建設された曲里スポーツゾーンのうち、西曲里町には1,000台収容可能な駐車場と、センターコート1面,アウトドアコート16面,インドアコート6面のテニスコートが整備され、全国選抜高校テニス大会のメイン会場としても使用された。その後北九州プリンスホテルの撤退もあり、イオン,ハローデイ,ダイキ(現DCM)等による商業地域への転換が行われ、西曲里町に2014年9月、イオンタウン黒崎が開店した。
地名の由来
大字熊手の字、曲里に由来する。黒崎宿の西の構口を出た旧街道が、この辺りで左へ曲がっているので、「まがり」と呼んだという[5]。
沿革
- 1959年(昭和34年) - 大字熊手の一部より曲里町新設[4]。
- 1963年(昭和38年)2月1日 - 八幡市、戸畑市、小倉市、若松市、門司市の5市が合併し、北九州市が発足。八幡市曲里町は北九州市八幡区曲里町となる。
- 1963年(昭和38年)4月1日 - 北九州市が政令指定都市に指定され、八幡区、戸畑区、小倉区、若松区、門司区の5区を設置。北九州市八幡区曲里町は北九州市八幡区曲里町となる。
- 1967年(昭和42年)6月1日 - 西曲里町新設。曲里町は消滅[6]。
- 1974年(昭和49年)4月1日 - 八幡区が八幡西区と八幡東区に分かれ、八幡区西曲里町は八幡西区西曲里町となる[7]。
町名の変遷
| 実施内容 | 実施年月日 | 実施後 | 実施前 |
|---|---|---|---|
| 町名新設 住居表示 |
1967年(昭和42年)6月1日 | 西曲里町 | 曲里町の一部[8] |
世帯数と人口
2025年(令和7年)3月31日現在(北九州市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 西曲里町 | 6世帯 | 13人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 1995年(平成7年) | 51人 | [9] | |
| 2000年(平成12年) | 3人 | [10] | |
| 2005年(平成17年) | 4人 | [11] | |
| 2010年(平成22年) | - 人 | [12] | |
| 2015年(平成27年) | 17人 | [13] | |
| 2020年(令和2年) | - 人 | [14] |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 1995年(平成7年) | 44世帯 | [9] | |
| 2000年(平成12年) | 2世帯 | [10] | |
| 2005年(平成17年) | 2世帯 | [11] | |
| 2010年(平成22年) | - 世帯 | [12] | |
| 2015年(平成27年) | 5世帯 | [13] | |
| 2020年(令和2年) | - 世帯 | [14] |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[15]。
| 町 | 街区 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 西曲里町 | 全域 | 北九州市立熊西小学校 | 北九州市立熊西中学校 |