直腸脱

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直腸脱(ちょくちょうだつ、英語: rectal prolapse)は、直腸壁の全層が肛門外へ全周性に脱出する疾患である[1]。英語では complete rectal prolapse、full-thickness rectal prolapse、あるいは external rectal prolapse とも呼ばれる[1]

日常では「脱肛」と呼ばれることもあるが、肛門から脱出するものには直腸壁の全層が脱出する直腸脱のほか、直腸粘膜のみが脱出する粘膜脱や、痔核の脱出がある。これらは発生機序・治療法・重症度が異なる別の病態であり、混同しないことが重要である[1][2]

鑑別診断

日本大腸肛門病学会『大腸肛門疾患診療ガイドライン2020』では、直腸脱を以下のように分類している[1]

完全直腸脱(complete rectal prolapse / external rectal prolapse)
直腸壁の全層(粘膜・粘膜下層・筋層)が肛門管外に脱出するもの。本項で「直腸脱」という場合は原則として完全直腸脱を指す。
不完全直腸脱・内直腸脱(incomplete rectal prolapse / internal rectal prolapse)
直腸壁が直腸内あるいは肛門管内で重積するが、肛門外には脱出しない状態。排便造影や MRI 排便造影でのみ確認できる。
直腸粘膜脱(mucosal prolapse)
直腸の粘膜のみが脱出するもの。完全直腸脱とは発生機序が根本的に異なる別の病態であり[1]、直腸固定術の適応とはならない。

肛門部から組織が脱出する疾患には複数の病態がある。外来視診での鑑別が重要である[1]

肛門部脱出の鑑別
疾患脱出組織表面のひだ治療
完全直腸脱直腸壁全層同心円状(横走)直腸固定術など
直腸粘膜脱直腸粘膜のみ放射状(縦方向)粘膜切除術(外来)
痔核(内痔核脱出)痔組織(静脈叢)分葉状・放射状注射療法・結紮切除術

疫学

有病率は一般人口の約0.5%(500人に1人)とされ、年間発症数は人口10万人あたり平均2.5人という報告がある[1]。女性に多く、中高年では男性の6〜9倍の頻度で発症し、女性の発症ピークは60〜70代である。一方、男性の好発年齢は40歳以下であり、若年患者では自閉症発達障害を伴う疾患や、多数の処方を要する慢性的な精神疾患を有していることが多い[1]

日本では高齢化に伴い患者数が増加傾向にある。

病態・危険因子

発症機序については二つの説がある[1]

  • 腹膜ヘルニア説(滑脱ヘルニア説): Douglas 窩(直腸子宮窩)の深い腹膜翻転部を介した滑脱ヘルニア。
  • 直腸重積説: 直腸の内部重積が進行して完全脱出に至るとする説。現在はこちらの関与が広く議論されているが、個々の症例によって両説の関与が異なるとする報告もある。

主な危険因子として、高齢、女性、多産、骨盤底機能不全、慢性的な便秘と努責、神経学的疾患が挙げられる[1]。骨盤底の支持組織の弛緩や直腸の固定機構の脆弱化が背景にある。

症状

主症状は腸管組織の肛門外への脱出だが、多彩な随伴症状を伴う[1]

  • 脱出:立位・歩行・排便時などに腸管が脱出する。初期は用手整復が可能だが、進行すると常時脱出状態となる。
  • 便失禁:約50〜75%の患者に認められる。脱出を繰り返すことで肛門括約筋が伸展・障害されるため。
  • 排便困難・便秘:約25〜50%に認められ、骨盤底機能不全を伴うことが多い。
  • 粘液・血液の排出:脱出腸管粘膜からの浸出液や接触出血による。
  • 骨盤部の圧迫感・疼痛:特に内直腸脱では残便感や骨盤部不快感が主訴となる。
  • 嵌頓・絞扼:脱出腸管が整復不能となる嵌頓や血流障害を来す絞扼はまれだが緊急手術を要する。

これらの症状は QoL(生活の質)を著しく損なうことが知られている[1]

診断

問診・身体診察

努責時の脱出を視認することが基本である。外来での確認が困難な場合は、便座に座らせた状態での努責(排便模擬体位)で観察する[1]。完全直腸脱では全周性・同心円状のひだが特徴的であり、放射状のひだを示す粘膜脱や分葉状の内痔核脱出と鑑別する。なお、脱出時の写真を持参することで外来での診断がスムーズになる[2]

排便造影検査

排便造影(dynamic fluoroscopic defecography)は内直腸脱の診断や骨盤底の動態評価に有用である[1]。MRI 排便造影は軟部組織の詳細と多臓器の骨盤臓器脱の評価に優れ、3D-CT や MRI も診断に活用される[1]

肛門内圧測定

術前の括約筋機能評価に用いる。便失禁を合併する例では安静時・随意収縮時の肛門管圧の低下を認めることが多い[1]

大腸内視鏡・直腸鏡

大腸癌などの器質的疾患の除外を目的として行われる[1]

治療

保存的療法

手術困難例に対して骨盤底筋訓練・生活指導などの保存療法が試みられることがあるが、完全直腸脱に対して保存的治療で根治させることは困難であり、多くの場合手術が選択される[1]。直腸脱は自然に治癒することはなく、通常は次第に悪化し肛門機能も低下し、QOL (生活の質) が下がり、ADL (日常生活動作) が低下する。高齢や認知症があるという理由だけで治療を諦めるべきではない[2]

手術療法

手術は大きく会陰アプローチ腹部アプローチに分類される[1]。術式の選択は患者の年齢・手術リスク・排便機能(便秘・便失禁)・脱出長・ADL などを総合的に判断する。

Cochrane レビューによれば、現時点で最も優れた術式を確定するための十分なエビデンスはなく、患者個別化アプローチが推奨される[3]

腹部アプローチ

全身状態が許せば、腹腔鏡下直腸固定術が現在の第一選択である[1]。再発率が低く(約4〜8%)、開腹術と比較して術後合併症が少なく入院期間も短い。日本のガイドラインでも、脱出長5 cm 以上の完全直腸脱に対して腹腔鏡手術を強く推奨している[1]

腹腔鏡下腹側メッシュ直腸固定術(Laparoscopic Ventral Mesh Rectopexy; LVMR / LVR)
2004年にD'Hooreらが報告した術式[4]。直腸の前方のみを剥離し、メッシュを用いて直腸を仙骨前面に固定する。後方剥離を行わないため直腸周囲の自律神経が温存され、術後便秘が悪化しにくい。欧州を中心に最も広く普及している。メッシュ関連合併症を回避する工夫もなされている[2]
縫合直腸固定術(Suture rectopexy)
メッシュを使用せず縫合のみで直腸を仙骨前面に固定する。メッシュ関連合併症は生じえないので、特に若年患者で考慮される[1]。後述の通り再発率が比較的高く、再発を減らす目的で側方靭帯切離が行われることが多いため後述の合併症の懸念がある。
切除直腸固定術(Resection rectopexy; Frykman-Goldberg 法)
直腸固定に加えてS状結腸を切除する。重度の大腸通過時間遅延を伴う便秘合併例で考慮される[3]
後方メッシュ固定術(Wells 法など)
後方からメッシュで直腸を固定する古典的術式。後方剥離を広く行うため術後に便秘が悪化することがある[5]

超高齢者への適応

腹腔鏡手術は従来、高齢者・高リスク例では忌避され、会陰アプローチが「高齢者の術式」と見なされてきた。しかし、腹腔鏡技術と麻酔管理の向上により、超高齢者においても腹腔鏡手術が安全に施行できることが報告されている。

Tsunoda らは90歳以上の完全直腸脱患者を対象に腹腔鏡下腹側メッシュ直腸固定術(LVR)と Delorme 法を比較した後ろ向き研究を報告した[6]。LVR 群 22例では術後合併症は 0件、再発 0件、入院期間中央値 1日(range 1〜3日)であったのに対し、Delorme 群 12例では術後せん妄 1例・孤立性直腸潰瘍 1例、再発 1件、入院期間中央値 2.5日であった。著者らは「全身麻酔に耐えられる全身状態であれば、超高齢者であっても会陰手術よりも腹腔鏡手術を優先すべきである」と結論した[6]

年齢のみを理由に腹腔鏡手術の適応を除外することは、根拠として薄弱であり、個々の患者の全身状態・ADL・麻酔リスクを総合的に評価して術式を選択することが重要である。

側方靱帯切離の問題

腹部手術において直腸両側の側方靱帯(lateral ligament)を切離するかどうかは重要な議論点である。側方靱帯を切離すると再発率は低下するが術後便秘が増加することが複数の RCT で示されている[3]。側方靱帯の内部には骨盤神経叢(副交感神経)の一部が走行しており、この神経への障害が術後便秘悪化の機序と考えられている。現在では、側方靱帯を切離しない術式が主流である。手術を受ける際には、術前説明の際に医師に確認すべきである。

会陰アプローチ

全身麻酔のリスクが高い高齢者・重篤な合併症を有する患者など、腹腔鏡手術が困難な場合に選択される[1]。腹部アプローチと比較して再発率は高いが(約16〜30%)、合併症率は同程度である。経腹手術後の再発例や、骨盤臓器の既往術後・放射線照射後の症例にも適応される。

日本のガイドラインでは、腹腔鏡手術が可能な施設・患者では第一選択ではない[1]

日本のガイドラインでは、脱出長に応じた術式選択が推奨されている[1]

会陰手術の術式選択(JSCP ガイドライン 2020)
脱出長推奨術式
5 cm 未満Gant-Miwa-Thiersch 法または Delorme 法
5 cm 以上Altemeier 法(会陰的直腸S状結腸切除術)
Gant-Miwa-Thiersch 法
日本独自の術式。1923年の Gant 法・1960年代の三輪変法(Gant-Miwa 法:粘膜縫縮術)と、肛門周囲を糸で補強する Thiersch 手術を組み合わせたもの[1]。日本で最も多く施行されてきた経会陰手術であるが、問題点も多い。Gant-Miwa 部分については粘膜縫縮の個数・深さが手術結果を左右し、浅すぎると再発、深すぎると直腸穿孔による腹膜炎という重篤な合併症の原因となりうる。Thiersch 手術については、術後の肛門の締め具合の調整が術中のみに限られるため、狭すぎれば便秘・糞詰まりの原因となり、広すぎれば再発する。また Thiersch 手術後に嵌頓を来した場合は整復困難となりやすく、腸管壊死に至る危険がある[2]
Delorme 法
1900年に Delorme が報告。脱出した直腸の粘膜のみを円筒状に剥離・切除し、外筒の筋層をアコーディオン状に縫縮する。腸管切除を伴わないため低侵襲であるが、再発率は経腹手術より高い[1]
Altemeier 法(会陰的直腸S状結腸切除術)
脱出した直腸・S状結腸を会陰部から切除して一次吻合する。再発率は約16〜30%と報告されている[1]。S状結腸切除を伴うため縫合不全などの合併症率がやや高い。肛門挙筋形成術(levatorplasty)を追加することで便禁制改善が期待できる。

脱出時の対処(還納法)

直腸が脱出したまま自然に戻らなくなった場合も、多くの場合は用手的に還納(整復)が可能であり、基本的に緊急事態ではない。ただし、強い痛みや腸管の腫脹・黒色変化(血流障害)を認める場合は嵌頓の可能性があり、早急に対応可能な医療機関を受診する必要がある[2]

Thiersch 手術の既往がある場合は嵌頓が還納困難となりやすく、腸管壊死のリスクが高まるため特に注意を要する[2]

なお、いずれの状態も根本的な解決には手術が必要であり、還納ができても速やかに専門医を受診することが望ましい[2]

術後経過と予後

機能的アウトカム

  • 便失禁:術後に改善する場合が多く、腹腔鏡術式では多くの症例で改善が得られる。術前から高度の括約筋機能低下がある例では改善が限定的。術後に骨盤底筋体操を行うことは肛門機能の改善に寄与し、生活の質の向上に役立つ[2]
  • 便秘:後方剥離・側方靱帯切離を行わない術式では術後便秘の悪化が少ない。

再発

腹部アプローチで約4〜8% (縫合直腸固定術 268例では 8.2%[7])、会陰アプローチで約16〜30% (術式・追跡期間により差がある)。再発例には再手術が可能である[1][5]

文献上の再発率は追跡方法によって大きく異なる。術後に再発した患者が術者のもとに戻らない場合は把握されず、再発率が系統的に低く見積もられる可能性がある[2]。また、完全直腸脱(全層性)の再出現と直腸粘膜脱とを区別せず合算して報告している文献もあり、再発率の直接比較には定義の確認が必要である[2]

脚注

参考文献

外部リンク

関連項目

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