空挺戦車

From Wikipedia, the free encyclopedia

イギリス軍空挺部隊Mk.VIIテトラーク軽戦車が母機であるハミルカー Mk I 輸送グライダーに自走して機内に進入している[1]。車体に手を付いている人物との対比でサイズ感もよく分かる。1944年撮影。
ハミルカー Mk I の積載デッキのカットモデルと搭載状態の Mk.VIIテトラーク軽戦車。ボービントン戦車博物館蔵。

空挺戦車(くうてい せんしゃ)とは、航空機に搭載可能な軽量の戦闘車両である。「戦車」とは呼ばれるが、空中投下もしくは強行着陸によって輸送される装甲戦闘車両全般を指す。

主に固定翼輸送機もしくはグライダーヘリコプター(回転翼機)に搭載されて空港等を経ることなく戦闘地帯へ直接投入され、火力が不足しがちな降下直後の空挺部隊(エアボーンフォース)に火力と機甲戦力を与えることが目的である。

空挺戦車の車体規模は輸送機をベースに規定されることが多い。戦車実用化後の大部分の時期において、航空機で輸送可能な重量・大きさは、同時期の大抵の戦車のそれを下回ったため、必然的に軽戦車かそれ以下の軽量で小柄な車両が多い。

大型の戦略輸送機には重量50トンを超える主力戦車を輸送可能なものもあるが、この種の機体は非舗装滑走路への強行着陸は困難であり、重車両が空中投下に対応することもまた困難であるため、これらが空挺戦車としての機能を果たすことはまず不可能であり、積載量の小さい戦術輸送機に搭載可能な車両のニーズは完全には無くならなかった。

名称

日本語名「空挺戦車」は、[ ja: 空挺(< 和製漢語: 空中挺進 < en: airborne航空機輸送[2]〉)+ 和製漢語: 戦車 (< en: tank) ]という語構成である。

英語では、係る戦闘車両を特定する用語が存在しない[2]。airborne force(空挺作戦部隊)が運用する[2]、airborne use(空挺用)の[2]、light tank(軽戦車)である。

ドイツ語では Luftlandepanzer日本語音写: ルフトランデパンツァー)という。語構成は[ de: luftlande(Luftland〈エアボーン; 空中挺進; 空挺〉の、空挺部隊の)+ Panzer(戦車、ほか)]。

歴史

Il-76MD輸送機と、パラシュート降下しようとする空挺戦車。2018年撮影。
C-130輸送機からLAPES方式で空中投下されるM551シェリダン
CH-53G輸送ヘリコプターと、降車するヴィーゼル空挺戦闘車。2010年撮影。

空挺部隊(エアボーンフォース)は、輸送機に搭載し、空中投下などができる物資の重量の制限があるため、空挺作戦時に重火器を運用することが困難であった。しかし、対峙する敵部隊は一般に重火器保有が考えられるために、航空機に搭載して輸送できる(自走可能な)重火器が求められていた。

1930年代から飛行可能な戦車の概念がアメリカイギリスイタリアドイツソビエト連邦日本など各国で研究されていたが、当時の航空機の能力では装甲戦闘車両を空輸することは難しく、実用化されたものはなかった。第二次世界大戦後半にいたり、イギリス軍Mk.VIIテトラーク軽戦車ハミルカー Mk I 輸送グライダーの組み合わせにより、航空輸送が可能な装甲車両の実戦力化に成功する。このテトラーク軽戦車は、ノルマンディー上陸作戦に使用された。その後、1945年3月24日に米英が決行した大規模空挺作戦であるヴァーシティー作戦ライン川渡河作戦の一つ)には、アメリカ製イギリス軍所属のM22ローカスト軽戦車がハミルカーグライダーによって輸送されている。

第二次世界大戦後は、装甲車両の重量化(軽戦車の陳腐化)や歩兵携行の対戦車兵器の発達、攻撃ヘリコプターなど航空支援方法の向上などにより、空挺戦車を用いずとも重火力の発揮が可能となったこともあり、開発は一部を除き行われなかった。

ただしソ連は空挺戦力に非常に注力し、独自軍種として「空挺軍」を保有(ソ連崩壊後もロシア空挺軍として存続)し、地上軍とは別系統の空挺装甲戦闘車両を、1950年代からASU-57空挺自走砲ASU-85空挺戦車、BMD-1BMD-2BMD-3BMD-4空挺戦闘車、2S25対戦車自走砲といった各種の空挺降下可能な装甲戦闘車両を開発してきた。これらはパラシュート(BMDは逆噴射ロケット付パラシュート)による空中投下が可能である(ASU-85は空中投下能力なし)。ただし、重量物の投下は故障・破損を引きこしやすいこともあり、実戦で投下した例はない。これらの車両のうちいくつかは実戦で実際に使用されているが、いずれも空挺降下した歩兵部隊が飛行場を制圧した後に輸送機によって空輸されて運用されており、実態としては「空輸による高速展開が可能な軽量装甲戦闘車両」であった。

アメリカ軍においては、ベトナム戦争時に空挺対戦車自走砲M56スコーピオン空挺戦車M551シェリダンの2車種が開発・実戦配備された[3]。M551はパナマ侵攻作戦においても実戦で空中投下運用が行われているが、空中投下された車両のうち半数が故障・損傷して使用不能になるなど、その結果は馨しいものではなかった[3]。1991年の湾岸戦争における砂漠の盾作戦では、M551が緊急展開部隊としてサウジアラビアへ急派され、敵軍の侵攻に備えたが[3]、この任務を最後として予備役に回され[3]、M551の後継車両として開発中であったM8 AGSは開発が中止された[3]。これ以降、アメリカでは空挺戦車の開発は行われていない[3]ストライカー装甲車ファミリーなどの軽量の装甲戦闘車両の開発および配備は行われているものの、それらが運用される主な理由は輸送機による空輸が容易であるということであり、空中投下が可能な「空挺戦車」としてのものではなく、したがって、「空挺戦車」に分類されてもいない。

冷戦後の世界情勢においては、大規模な空挺侵攻作戦というものが行われる可能性が低くなったため、「輸送機による空輸が容易であること」以上の空挺運用能力が装甲戦闘車両に求められる蓋然性は低く、今後も「空挺戦車」というカテゴリーの兵器が存在し続けるかについては不明瞭である。しかしながら、中華人民共和国中国人民解放軍は、自軍初の空挺戦車で「ZBD-03 傘兵戦車」を正式名称とする「03式空挺歩兵戦闘車」なる歩兵戦闘車 (IFV) を開発し、2009年の軍事パレードで世界に公開している。その事実を鑑みるに、過ぎ去った時代の兵器と見做すのは甚だ早計である。

著名な運用実績

使い道が無くなっていた軽戦車6輌に任務が与えられ、空挺戦車として実戦投入された[1]。戦果を含め、戦場での詳細は不明。
  • 1945年に米英が決行したライン川渡河作戦における、イギリス軍のMk.VIIテトラーク軽戦車とM22ローカスト(いずれも母機はハミルカー Mk I)
ヴァーシティー作戦(3月24日)に、前者は数輌、後者は第6空挺装甲偵察連隊の8輌が参加している。
空中投下実績なし[4]。軟弱地盤の多いベトナムという地域との相性は最悪で[5]、それ以外にも多くの問題が発生して、評価は散々なものであった[5]
  • 1989年のパナマ侵攻における、アメリカ軍の空挺戦車M551シェリダン
1個中隊の10輌がパラシュートで空中投下されたが、着地する際に多くが損傷・故障し、降下後に活動できた車両は約半数であった[4]
空中投下実績なし。敵軍の侵攻が予想される地域へ急派できる盾としては、それなりに機能した[3]

空挺戦車の一覧

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI