立教大学ラグビー部

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原語表記 立教大学体育会ラグビー部
クラブカラー 濃紺
愛称 リッキョウ
創設年 1923年
立教大学ラグビー部
原語表記 立教大学体育会ラグビー部
クラブカラー 濃紺
愛称 リッキョウ
創設年 1923年
代表 東條吉純
監督 元治裕一
ヘッドコーチ 中村洋平(HC)
所属リーグ 関東大学ラグビー対抗戦グループ
ファースト
ジャージ
セカンド
ジャージ
公式サイト
https://www.rikkyo-rugby.com//
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立教大学体育会ラグビー部(りっきょうだいがくたいいくかいラグビーぶ、Rikkyo University Rugby Football Club)は、関東大学ラグビー対抗戦に所属する立教大学ラグビー(ラグビーユニオン)部である。愛称は立教(りっきょう)、略称は立大。部のエンブレムユリフルール・ド・リス)。

立教対慶應(1937年10月23日)
試合前に校歌斉唱をする立教大学の選手たち(2014年9月・帝京大学戦・秩父宮ラグビー場

1923年(大正12年)創部。1928年(昭和3年)から始まった関東五大学対抗戦(現在の関東大学ラグビー対抗戦の前身/立教・)に参加した伝統を誇る。同年、高・専ラグビー大会で優勝すると、部長の菅円吉教授の統率の下で、全部員一致団結し、翌1929年(昭和4年)には関東五大学対抗戦で3勝1分で初優勝を果たした[1]

他大学との定期戦も古くから行われており、早稲田大学ラグビー部との定期戦は2020年度に行われた試合で92回目を数え[2]明治大学体育会ラグビー部との定期戦は2019年度の試合で82回目を数えている[3][4]。これらの定期戦は対抗戦が同一グループであった場合の試合と兼ねられる。同志社大学体育会ラグビー部との定期戦も伝統があり、2024年度に行われた試合で77回目を数えている[5]。また、大正期には、旧制浦和高等学校との定期戦なども行われていた[6]

これまで全国大学選手権出場の経験は無い。

1997年度より対抗戦グループが実質2部制となりBグループに低迷していた。

2000年度、現場指導体制の強化、リクルート体制の強化などを目的にOB・OGクラブを中心に組成された「現役強化プロジェクト」が発足した。

2002年度、山元春三先輩の尽力もあり富士見総合グランドラグビー場が天然芝化されるとともに、秩父宮ラグビー場に於ける入替戦において東京大学を破り念願のAグループに初昇格を果たした。

2013年度に関東大学ラグビー対抗戦Bグループを全勝優勝。入替戦で日本体育大学を破り、2014年度からAグループに2年ぶりに復帰した。

2015年度に関東大学ラグビー対抗戦Aグループで全敗。入替戦で成蹊大学に破れ、Bグループに降格。

2016年度から2019年度までBグループで全勝優勝、2019年度の入替戦で成蹊大学を破り、2020年度からAグループに5年ぶりに復帰した。また、2017年には、56年ぶりに定期戦で早稲田大学に40‐20で勝利した。2019年には、51年ぶりに定期戦で明治大学に38‐24で勝利した[7]

2022年度に日本体育大学青山学院大学を破り、創部史上初の対抗戦Aグループ2勝を挙げた。

2023年度には創部100周年を迎える。

タイトル

  • 関東五大学対抗戦 : 1回[8](現在の関東大学ラグビー対抗戦
    • 1929
  • 関東大学ラグビー対抗戦Bグループ : 7回
    • 1999、2002、2007、2011、2013、2016、2017、2018、2019

※年は全て年度。

戦績

近年のチームの戦績は以下のとおり。

年度所属勝敗順位監督HC主将備考
2002B7勝0敗 1位中澤久人沼田賢介 入替戦 52-26 東京大学 ※Aグループ初昇格
2003A0勝7敗8位中澤久人松山吾朗飛田亮 入替戦 22-10 成蹊大学 ※Aグループ残留 
2004A1勝6敗7位中澤久人松山吾朗掛川剛 入替戦 62-7 学習院大学 ※Aグループ残留 
2005A1勝6敗7位中澤久人松山吾朗西田創 入替戦 45-0 学習院大学 ※Aグループ残留
2006A0勝7敗8位中澤久人河西和行高須健 入替戦 8-13 成蹊大学 ※Bグループ降格
2007B7勝0敗1位川崎大河西和行安武祐太 入替戦 24-14 青山学院大学 ※Aグループ昇格
2008A0勝7敗8位川崎大河西和行広石智大 入替戦 20-18 青山学院大学 ※Aグループ残留
2009A0勝7敗8位川崎大河西和行安部正輝 入替戦 24-7 青山学院大学 ※Aグループ残留
2010A1分6敗8位川崎大河西和行守本公保 入替戦 19-22 青山学院大学 ※Bグループ降格
2011B7勝0敗1位松本直久加藤修平福田大 入替戦 25-5 成蹊大学 ※Aグループ昇格
2012A0勝7敗8位松本直久加藤修平迫田泰英 入替戦 7-15 成蹊大学 ※Bグループ降格
2013B7勝0敗1位佐野洋三遠藤哲木村修平 入替戦 74-17 日本体育大学 ※Aグループ昇格
2014A1勝6敗7位遠藤哲眞壁貴男 入替戦 36-19 一橋大学 ※Aグループ残留
2015A0勝7敗8位桜井賢治遠藤哲篠崎宏洋 入替戦 8-45 成蹊大学 ※Bグループ降格
2016B7勝0敗1位福田明久西田創御苑剛 入替戦 26-29 成蹊大学 ※Bグループ残留
2017B7勝0敗1位福田明久西田創福澤瑛司 入替戦 17-25 成蹊大学 ※Bグループ残留
2018B7勝0敗1位福田明久西田創山本大旗 入替戦 12-19 成蹊大学 ※Bグループ残留
2019B7勝0敗1位福田明久西田創津田祥平 入替戦 23-21 成蹊大学 ※Aグループ昇格
2020A1勝6敗7位福田明久西田創北山翔大 入替戦中止(COVID19) ※Aグループ残留
2021A0勝7敗8位福田明久中村洋平麻生典宏 入替戦 37-5 成蹊大学 ※Aグループ残留
2022A2勝5敗6位元治裕一中村洋平紀伊雄介 安藤海志
2023A2勝5敗6位元治裕一中村洋平北川時来
2024A1勝6敗7位元治裕一中村洋平伊藤光希 入替戦 88-21 明治学院大学 ※Aグループ残留
2025A0勝7敗8位元治裕一中村洋平白石和輝 入替戦 40-24 武蔵大学 ※Aグループ残留

立教ラグビーソング

1、
Come lads,the Rugger season.
Calls now for your support.
So gather on the touch line.
And see our battles fought.
RIKKYO! RIKKYO! RIKKYO!
2、
Now hustle up ye forwards.
Pack tight the scrum aright.s
Then heel the ball out nimbly.
And run with all your might.
RIKKYO! RIKKYO! RIKKYO!
3、
Till sailing o’er the cross-bar.
The ball goes safely on.
And Rikkyo’s shout rings proudly.
Another victory won.
RIKKYO! RIKKYO! RIKKYO!

立教ラグビー宣言

(以下立教大学体育会ラグビー部公式HPより抜粋 )

ラグビーは紳士のスポーツと呼ばれています。それはなぜか、この答えは近代英国にあります。当時、パブリックスクールと呼ばれる中・上流階級師弟の通う名門私学(ラグビー校など)は、フットボール(ラグビー・サッカー)を、将来のジェントルマン育成の手段として利用したのです。それ以降、サッカーがプロ化に伴い勝利至上主義フーリガンの出現など、紳士育成手段としての色を失っていくのとは異なり、ラグビーは「ノーサイドの精神」「アフターマッチファンクション」など、独自の精神を残してきました。

しかし、そのラグビーも近年、ついにプロ化しました。1対1の「対抗戦」という意味も薄れ、トーナメントや勝ち点制のリーグ戦が主流になっています。プロでは勝利やトライに対するインセンティブも導入されています。勝っても負けても相手を心から称えるということが、難しくなってしまったのです。悲しいことに、国内外のTV中継では、明らかにラグビーの精神に反した選手の姿を、たびたび目にするようになりました。ラグビー精神が世界的な危機に瀕しています。そこで立教は、今年から次の「立教ラグビー宣言」を掲げます。

  1. 立教は、たとえルールで禁じられていないことでも、フェアの精神で自らを律してプレーします。
  2. レフリーの存在意義を正しく理解し、心から尊重します。意見があるときは必ずキャプテンを通します。
  3. ノーサイドの精神を具体的行動に移し、相手への敬意を示します。
  4. アフターマッチファンクションでは、決して自チームで固まらず、相手と積極的に交流します。
  5. ホームでは、たとえどんなに小さな練習試合でも、必ず簡易式アフターマッチファンクションを行います。
  6. 生涯、これらの精神を遵守します。

以上、これらは決して勝利を追求することと矛盾はしません。ラグビー精神を体得したチームの方が、目先のメリットに執着するチームよりも絶対に強いと確信しているからです。私たちはこの宣言を忠実に守り、ラグビーをプレーする少年・少女の模範となるべく日々行動します。私たちの考えに同調してくれるチームが増えることを祈ります。

2005年9月 立教大学体育会ラグビー部

主な選手

在籍した選手

所在地

その他

大正期にはラグビー校内大会が開催されるなど、同じく校内大会として開催された相撲大会や卓球大会などとともに、大学はラグビーを始めとするスポーツで盛り上がりをみせた。1926年(大正15年)2月のラグビー校内大会は、参加8チーム(予科1年、予科2年、野球部、バスケットボール部、庭球部、競技部、柔道部相撲部合同、黎明会)で2日間に渡たり試合が行われ、決勝戦は、柔道部相撲部合同チームが、昨年覇者の黎明会を破って優勝した。ラグビー部は校内相撲大会や校内卓球大会に参加した[9]

脚注

関連項目

外部リンク

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