童子堂
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位置
北緯36度0分26.1秒 東経139度4分23.6秒 / 北緯36.007250度 東経139.073222度座標: 北緯36度0分26.1秒 東経139度4分23.6秒 / 北緯36.007250度 東経139.073222度
山号
華台山
宗派
真言宗豊山派
| 童子堂 | |
|---|---|
|
(2014年7月撮影) | |
| 所在地 | 埼玉県秩父市寺尾3600 |
| 位置 | 北緯36度0分26.1秒 東経139度4分23.6秒 / 北緯36.007250度 東経139.073222度座標: 北緯36度0分26.1秒 東経139度4分23.6秒 / 北緯36.007250度 東経139.073222度 |
| 山号 | 華台山 |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 本尊 | 聖観世音菩薩 |
| 創建年 | 平安時代 |
| 別称 | 永福寺 |
| 札所等 | 秩父札所 第22番 |
| 文化財 | 札所22番 華台山童子堂(秩父市指定史跡) |
| 法人番号 | 8030005015025 |

童子堂(どうじどう)は、埼玉県秩父市にある真言宗豊山派の寺院で、山号は華台山と号する。なお、当寺の本来の名称は「永福寺」であり、宗教法人名も「宗教法人永福寺」である[1]が、後述の歴史的背景により秩父札所としての「童子堂」が著名になったことから、本項では「童子堂」を用いることとする。
本尊真言:おん あろりきゃ そわか
御詠歌:極楽をここで見つけて童う堂 後の世までもたのもしきかな
平安時代に開山された。当初は武蔵国秩父郡蒔田村(現・同市蒔田)の山奥にあったが、延喜年間(901年 - 923年)の天然痘が流行した際に、蒔田村の山奥から湧き出る水を、患部に付けると治癒したということから、子供(童子)を守る観音様「童子堂観音」と呼ばれるようになった[2][3]。
その後、寺運衰微したが、江戸時代になると「栄福寺」が当堂を管理するようになった。1701年(元禄14年)に再建された童子堂は、現在地より約800メートル北に位置(北緯36度0分51.6秒 東経139度4分22秒 / 北緯36.014333度 東経139.07278度)していたが、1910年(明治43年)に現在地の永福寺(栄福寺)の境内に移転した[3]。
文化財
- 札所22番 華台山童子堂(秩父市指定史跡 昭和40年1月25日指定)[4]