語歌堂
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位置
北緯35度59分55.7秒 東経139度6分21.6秒 / 北緯35.998806度 東経139.106000度座標: 北緯35度59分55.7秒 東経139度6分21.6秒 / 北緯35.998806度 東経139.106000度
山号
小川山
宗派
臨済宗南禅寺派
| 語歌堂 | |
|---|---|
|
観音堂 | |
| 所在地 | 埼玉県秩父郡横瀬町横瀬6086番地 |
| 位置 | 北緯35度59分55.7秒 東経139度6分21.6秒 / 北緯35.998806度 東経139.106000度座標: 北緯35度59分55.7秒 東経139度6分21.6秒 / 北緯35.998806度 東経139.106000度 |
| 山号 | 小川山 |
| 宗派 | 臨済宗南禅寺派 |
| 本尊 | 准胝観世音菩薩 |
| 正式名 | 小川山長興寺語歌堂 |
| 札所等 |
秩父札所 第5番 七観音霊場(准胝観音) |
語歌堂(ごかどう)は埼玉県秩父郡横瀬町にある臨済宗南禅寺派の寺院で、山号は小川山と号する[1]。秩父札所の第五番であり、横瀬町の史跡に指定されている[2]。なお、札所の納経所は語歌堂から250mほど東に離れた長興寺で、観音堂と別当寺という札所本来の形を残している[2][3]。
ご詠歌:父母の恵みも深き語歌の堂 大慈大悲の誓いたのもし
長興寺の大旦那である本間孫八により建立された。語歌堂と言う名前の由来についてはこのような伝承がある。孫八は和歌の道に親しむ風流人で歌の道を極めようと精進しており、ある日ひとり堂にこもって歌想を練っていた。そこへ1人の僧が訪ねてきて、2人は夜を徹して和歌の奥義について論じ合ったが、翌朝孫八が目を覚ました時には旅の僧の姿はすでになかった。実はこの旅の僧は救世観世音菩薩(聖徳太子という説もあり)の化身であり、それを悟った孫八はこの観音堂を語歌堂と名付けたと言う[5][3][6]。現在の観音堂は文化年間(1804~18)地元棟梁の作として伝えられており、四間四方の方形造りで仁王門を構えている[2][3]。