金昌寺
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位置
北緯36度0分23.6秒 東経139度6分48.6秒 / 北緯36.006556度 東経139.113500度座標: 北緯36度0分23.6秒 東経139度6分48.6秒 / 北緯36.006556度 東経139.113500度
山号
高谷山
宗派
曹洞宗
| 金昌寺 | |
|---|---|
|
仁王門 | |
| 所在地 | 埼玉県秩父市山田1803番地 |
| 位置 | 北緯36度0分23.6秒 東経139度6分48.6秒 / 北緯36.006556度 東経139.113500度座標: 北緯36度0分23.6秒 東経139度6分48.6秒 / 北緯36.006556度 東経139.113500度 |
| 山号 | 高谷山 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 本尊 | 十一面観世音菩薩 |
| 札所等 | 秩父札所 第4番 |
| 文化財 | 石仏群(埼玉県指定有形民俗文化財) |
金昌寺(きんしょうじ)は埼玉県秩父市にある曹洞宗の寺院で、山号は高谷山と号する[1]。秩父札所の第四番であり、また、秩父市の史跡に指定されている[2]。
本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか
ご詠歌:あらたかに参りて拝む観世音 二世安楽と誰も祈らん
境内
- 秩父札所四番石仏群 - 埼玉県指定有形民俗文化財
- 宝永年間(1704~1711年)以降に当寺に奉納された石仏群で、羅漢245体、如来58体、菩薩393体など1300余体に上る。天明(1781~1789年)、寛政(1789~1801年)、享和(1801~1804年)頃の造立が多い。奉納者は武蔵をはじめ江戸、上州、相州から北陸、山陰、山陽に渡り、全国的な信仰圏を示す金石文としても貴重である。[1][5][6][7]。
- 子育て観音像
- 寄進者の吉野屋半左衛門が浮世絵師に下絵をかかせて建立・供養した仏像である。半左衛門は当寺のご本尊の霊験で子を授かったものの、その後子と妻をあいついで失ったため、生前の母子の姿を描かせた。本堂外陣に安置されている。[1][5][6]
このほか、荒舩清十郎の墓などがある。
- 観音堂
- 子育て観音像