笠寺町
名古屋市南区の町名
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地理
名古屋市南区の東部に位置し、東は白雲町、西は前浜通、南は粕畠町、南東は砂口町に接する。
字一覧
笠寺町の小字は以下の通り[WEB 7]。消滅した字については背景色 で示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 赤坪(あかつぼ) | 一色(いしき) |
| 一ノ割(いちのわり) | 市場(いちば) |
| 市場東(いちばひがし) | 姥子山(うばこやま) |
| 粕畑(かすばた) | 加福一之切(かふくいちのきり) |
| 加福三之切(かふくさんのきり) | 加福二之切(かふくにのきり) |
| 加福四之切(かふくよんのきり) | 上荒浜(かみあらはま) |
| 上磯浜(かみいそはま) | 上大曲輪(かみおおぐるわ) |
| 上加福(かみかふく) | 上新町(かみしんまち) |
| 上鳥山(かみとりやま) | 川田(かわだ) |
| 北内(きたうち) | 久戸ノ江(くどのえ) |
| 九ノ割(くのわり) | 小曲輪(こぐるわ) |
| 五反田(ごたんだ) | 五ノ割(ごのわり) |
| 柵下(さくした) | 三ノ割(さんのわり) |
| 七子(しちこ) | 七反田(しちたんだ) |
| 七ノ割(しちのわり) | 四ノ割(しのわり) |
| 芝(しば) | 下荒浜(しもあらはま) |
| 下磯浜(しもいそはま) | 下大曲輪(しもおおぐるわ) |
| 下加福(しもかふく) | 下新町(しもしんまち) |
| 下鳥山(しもとりやま) | 十ノ割(じゅうのわり) |
| 橦木江築留西(しゅもくえちくどめにし) | 橦木江築留東(しゅもくえちくどめひがし) |
| 砂田(すなだ) | 砂之口(すなのくち) |
| 大門(だいもん) | 立脇(たてわき) |
| 寺部(てらべ) | 天満(てんま) |
| 中磯浜(なかいそはま) | 中切(なかぎり) |
| 鍋弦(なべつる) | 西浦(にしうら) |
| 西之門(にしのもん) | 二ノ割(にのわり) |
| 迫間(はざま) | 迫間下(はざました) |
| 羽曽根(はそね) | 八ノ割(はちのわり) |
| 浜中(はまなか) | 平田(へだ) |
| 松原(まつばら) | 松東(まつひがし) |
| 松本(まつもと) | 丸ノ内(まるのうち) |
| 宮迫間(みやはざま) | 明円(みょうえん) |
| 諸輪(もろわ) | 柚ノ木(ゆのき) |
| 六ノ割(ろくのわり) |
歴史
中世までは愛知郡星崎郷の一部で、鎌倉期の笠覆寺の鐘銘に「尾張国星前笠覆寺」と書かれている。
町名の由来
行政区画の変遷
- 1878年(明治11年)12月28日 - 笠寺村・化物新田・又兵衛新田・又兵衛新々田が合併し、前浜村が成立[2]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行にともない、愛知郡笠寺村に改称[2]。
- 1906年(明治39年)5月10日 - 鳴尾村・星崎村と合併し、笠寺村大字笠寺となる[2]。
- 1921年(大正10年)8月22日 - 名古屋市南区へ編入し、同区笠寺町となる[2]。
- 1928年(昭和3年)12月15日 - 一部が西桜町・桜本町・弥生町・白雲町となる[3][4]。
- 1939年(昭和14年)8月5日 - 一部が鶴里町となる[4]。
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)5月1日 - 一部が弥次ヱ町となる[5]。
- 1952年(昭和27年)5月1日 - 一部が松城町・柵下町・粕畠町・浜中町・前浜通・鳥山町・寺部通・立脇町となり、一部を弥次ヱ町・道全町・本地通・本城町へ編入[2][5]。
- 1960年(昭和35年)3月20日 - 一部が加福町・加福本通・西又兵ヱ町・東又兵ヱ町となり[2]、一部を港東通へ編入[5]。
- 1961年(昭和36年)3月28日 - 一部を港東通へ編入[5]。
- 1970年(昭和45年)6月16日 - 一部が明円町・芝町・赤坪町・砂口町となり、一部を弥生町・白雲町・鶴里町へ編入[4][2]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 13]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 14]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立笠寺小学校 | 名古屋市立本城中学校 | 尾張学区 |
交通
施設
- 笠覆寺(笠寺観音)
- 西福院
- 西方院
- 泉増院
- 東光院
- 七所神社
- 名古屋笠寺郵便局