桜本町 (名古屋市)
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桜本町 | |
|---|---|
| 北緯35度6分17.56秒 東経136度56分9.63秒 / 北緯35.1048778度 東経136.9360083度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 区 | 南区 |
| 町名制定[1] | 1928年(昭和3年)12月15日 |
| 面積 | |
| • 合計 | 0.114312753 km2 |
| 人口 (2019年(平成31年)4月1日現在)[WEB 2] | |
| • 合計 | 1,042人 |
| • 密度 | 9,100人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
457-0038[WEB 3] |
| 市外局番 | 052(名古屋MA)[WEB 4] |
| ナンバープレート | 名古屋 |
桜本町(さくらほんまち)は、愛知県名古屋市南区の町名。現行行政地名は桜本町1丁目及び桜本町2丁目と丁目なし区域が存在する。住居表示未実施[WEB 5]。
歴史
笠寺台地上に位置し、「桜本町遺跡」と呼ばれる弥生時代から平安時代の大規模な古代集落遺跡があり、周辺には古墳も散在する。
町名の由来
江戸期の愛知郡桜村の名による[3]。語源については諸説あるが、「迫(さこ)」の転で谷を表しているとも、桜の木があったとも言われる。
律令制下から続く古い地名で、古代から中世には「作良」とも書かれた。平安中期成立の『和名類聚抄』に記載がある愛智郡作良郷は当地のことである。『万葉集』の「桜田へ鶴鳴き渡る年魚市潟潮干にけらし鶴鳴き渡る」という歌の「桜田」も当地を指しているとするのが定説である。ただし、古代における愛知郡作良郷は現在の笠寺町から星崎を含む広範囲を包含していたと考えられている。
鎌倉時代後期の『熱田社領新別納郷并当役勤仕要郷注文案』に「作良郷七十六丁一反三百歩」とあり、この頃には熱田神宮領があったらしい。1350年(貞和6年)の熱田神宮の寄進田の記録でも「尾張国愛智郡東条作良郷」とある。しかし『宗範申状案』によれば鎌倉末期には作良郷の社役が滞っており、熱田神宮領としては衰退し始めていたらしい。中世後期以降には星崎荘の一部という認識となり、『寛文村々覚書』でも「星崎庄 桜村」としている。
桜村は1878年(明治11年)に合併に伴い千竈村の一部となった後、名古屋市呼続町の一部となる。
行政区画の変遷
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。なお、小・中学校は学校選択制度を導入しておらず、番毎で各学校に指定されている。
| 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|
| 名古屋市立笠寺小学校 名古屋市立春日野小学校 | 名古屋市立本城中学校 名古屋市立桜田中学校 | 尾張学区 |
