第22回日本ラグビーフットボール選手権大会

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大会名 日本ラグビーフットボール選手権大会
開催日 1985年1月15日
会場 国立霞ヶ丘陸上競技場
主審 八木宏器
第22回日本ラグビーフットボール選手権大会
大会名 日本ラグビーフットボール選手権大会
ADEAC Report
開催日 1985年1月15日
会場 国立霞ヶ丘陸上競技場
主審 八木宏器
1983
1985

第22回日本ラグビーフットボール選手権大会(だい22かいにほんラグビーフットボールせんしゅけんたいかい)は、1985年1月15日[1]国立霞ヶ丘競技場陸上競技場で行われた日本ラグビーフットボール選手権大会である。

日本選手権7連覇をかけた新日鉄釜石と、大学選手権3連覇の学生史上最強の同志社大学が戦った。試合は、NHKによるドキュメンタリーにもなり、多くのラグビーファンの心に残る名勝負だと言われる[2][3]。新日鉄釜石が7連覇に輝いた。

新日鉄釜石の象徴的存在だった松尾雄治の引退試合でもある。新日鉄釜石は松尾の引退以降、一度も日本選手権決勝に進出することはなかった[2]

同志社大学の平尾誠二大八木敦史は、後に神戸製鋼へ入社し、この10年後に日本選手権7連覇を遂げる[2]

出場チーム

2チーム

試合内容

脚注

関連項目

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