第7回ジャパンボウル From Wikipedia, the free encyclopedia 第7回ジャパンボウル 西軍 東軍 28 17 ヘッドコーチ' ヘッドコーチ' 1 2 3 4 計 西軍 0 7 7 14 28 東軍 7 3 0 7 17 開催日1982年1月17日 スタジアム横浜スタジアム 開催地横浜市 入場者数28,000 第7回ジャパンボウルは1982年1月17日、横浜スタジアムで行われたカレッジフットボールのオールスター東西対抗戦。NCAA加盟校から4年生69人が出場した。西軍が28-17で勝利した。 東軍からは、初めて全米チャンピオンになったクレムゾン大学、ペンシルベニア州立大学、ジョージア大学などから、西軍からは全米2位のテキサス大学、ワシントン大学、ネブラスカ大学、アイオワ大学などから選抜された69人が出場した[1]。 東軍では全米4位の1試合平均144.2ヤードを走り、野球でも活躍、全米学業優秀選手に選ばれたエール大学のRBリッチ・ダイアナ(英語版)、全米5位の1試合平均133.2ヤードを走った海軍兵学校のRBエディ・メイヤーズ(Eddie Meyers)、ノートルダム大学のOLフィル・ポゼラック(英語版)が注目された。西軍ではネバダ大学ラスベガス校のQBサム・キング(Sam King)とベイラー大学のWRウォルター・アバクロンビー(英語版)、UCLAのウィリー・カラン(Willie Curran)、アイオワ大学のアンドレ・ティペット(英語版)が注目された[2]。 試合経過 東軍は3回リードしたが、試合開始前にアメリカ国歌を歌ったウォルター・アバクロンビーが第4Qに中央突破で2TDをあげて、28-17で逆転勝利をあげた[3]。 第3Qに西軍は、サム・キングがハワイ大学のゲイリー・アレン(英語版)や、アーカンソー大学のダリル・メイソン(Darryl Mason)にパスを通し、残り33秒にメイソンがTDパスをキャッチし、14-10と逆転した。東軍は第4Qにエディ・メイヤーズからジョージア大学のリンジー・スコット(英語版)へのリバースプレーでTDをあげた。次のキックオフリターンで、西軍はネバダ大学ラスベガス校のマイケル・モートン(英語版)が、敵陣44ヤードまでリターンすると、ランとキングのパスを織り交ぜてゴール前2ヤードまで前進、3分6秒にアバクロンビーがTDをあげ、アーカンソー大学のブルース・レイヘー(Bruce Lahay)がTFPを成功し、21-17と逆転した。西軍は、11分8秒にもアバクロンビーの1ヤードランでTDをあげて28-17で勝利した[4]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 巨体激突・パスみもの きょうジャパンボウル 朝日新聞 1982年1月17日朝刊19ページ ↑ 全米カレッジ東西対抗 きょう「ジャパンボウル」記録メーカーずらり 読売新聞 1982年1月17日朝刊18ページ ↑ 西軍、逆転で三連勝 土壇場で二TD鮮やか 朝日新聞 1982年1月18日朝刊18ページ ↑ 西軍、逆転で3連勝 ジャパンボウル 読売新聞 1982年1月18日朝刊18ページ 表話編歴ジャパンボウル 第1回(1976年) 第2回(1977年) 第3回(1978年) 第4回(1979年) 第5回(1980年) 第6回(1981年) 第7回(1982年) 第8回(1983年) 第9回(1984年) 第10回(1985年) 第11回(1986年) 第12回(1987年) 第13回(1988年) 第14回(1989年) 第15回(1990年) 第16回(1991年) 第17回(1992年) 第18回(1993年) Related Articles