第9回ジャパンボウル From Wikipedia, the free encyclopedia 第9回ジャパンボウル 西軍 東軍 26 21 ヘッドコーチ' ヘッドコーチ' 1 2 3 4 計 西軍 7 12 0 7 26 東軍 7 0 7 7 21 開催日1984年1月16日 スタジアム横浜スタジアム 開催地横浜市 入場者数26,000 第9回ジャパンボウルは1984年1月17日、横浜スタジアムで行われたカレッジフットボールのオールスター東西対抗戦。西軍が26-21で勝利した。 ハイズマン賞を受賞し、USFLのピッツバーグ・モーラーズからドラフト全体1位指名を受け、3年300万ドル(約6億9000万円)の契約を結び来日したネブラスカ大学のマイク・ロージェイ(英語版)が注目された。しかし彼は2週間前に行われたオレンジボウルで足を負傷、試合開始前に欠場する挨拶を行った[1]。またラインマンの全米最優秀選手に選ばれたネブラスカ大学のディーン・スタインクーラー(英語版)も出場した[2]。 試合経過 東軍が先取点を取ったが、その後西軍はブリガムヤング大学のQBスティーブ・ヤングやネブラスカ大学のターナー・ギル(英語版)らのパスオフェンスで反撃しハーフタイムを19-7とリードして終えた[3]。その後東軍は2回のインターセプトや[3]ランプレーを中心とした攻撃で第3Q、第4Qに得点し21-19と逆転した。 西軍はパス3回連続不成功及び、ペナルティで第4ダウン残り15ヤードのピンチを迎えたが、UCLAの(ポール・バーグマン(英語版)への20ヤードのパスを成功させるなど、WRアービン・フライヤー(英語版)や、ベイラー大学のRBアルフレッド・アンダーソン(英語版)の活躍などで第4ダウンギャンブルを3回成功させるなど、ボールを前進、試合時間残り3分16秒、アンダーソンが1ヤードのTDランをあげて26-21で逆転勝利した[3]。東軍のパス成功率は低く、オーバーン大学のライオネル・ジェームズ(英語版)のランなどで西軍に対抗した。最優秀選手(ジョー・ロス賞)には、アービン・フライヤーが選ばれた[2][4]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ "七億円の足" 出場せず 朝日新聞 1984年1月17日朝刊16ページ 1 2 西軍5連勝飾る アンダーソン逆転TD 読売新聞 1984年1月17日朝刊16ページ 1 2 3 “Fourth-Down Gambling Helps West Beat East un Japan Bowl, 26-21”. ロサンゼルス・タイムズ (1984年1月16日). 2018年12月26日閲覧。 ↑ 西軍、逆転で五連勝 ジャパンボウル 朝日新聞 1984年1月17日 朝刊16ページ 表話編歴ジャパンボウル 第1回(1976年) 第2回(1977年) 第3回(1978年) 第4回(1979年) 第5回(1980年) 第6回(1981年) 第7回(1982年) 第8回(1983年) 第9回(1984年) 第10回(1985年) 第11回(1986年) 第12回(1987年) 第13回(1988年) 第14回(1989年) 第15回(1990年) 第16回(1991年) 第17回(1992年) 第18回(1993年) Related Articles