第8回ジャパンボウル From Wikipedia, the free encyclopedia 第8回ジャパンボウル 西軍 東軍 30 21 ヘッドコーチラリー・スミス[1] ヘッドコーチ' 1 2 3 4 計 西軍 0 10 7 13 30 東軍 0 7 0 14 21 開催日1983年1月23日 スタジアム横浜スタジアム 開催地横浜市 入場者数30,000 第8回ジャパンボウルは1983年1月23日、横浜スタジアムで行われたカレッジフットボールのオールスター東西対抗戦。西軍が30-21で勝利した[2]。全米から選ばれた69人の選手が出場した[1]。 試合は快晴、微風の中行われた。西軍は、USCのQBスコット・ティンズリー(英語版)、カリフォルニア大学デービス校のケン・オブライエンがパスを次々に通し、30-21で勝利した。MVPには南メソジスト大学のDTリチャード・ニーリー(Richard Neely)が選ばれた[2]。 第2Q序盤に西軍は敵陣でファンブルリカバーでボールを奪うと、ライス大学のジョエル・バクスター(Joel Baxter)の26ヤードのFGで先制した[1]。その後南メソジスト大学のゲイリー・モーテン(Gary Moten)のインターセプトから得たチャンスにカリフォルニア大学のFBジョン・タグル(John Tuggle)の1ヤードのTDランで10-0とリードした[1]。東軍はイリノイ大学のトニー・イーソン(英語版)がチームメートのマイク・マーティン(Mike Martin)へ6ヤードのTDパスを通して、10-7とした[1]。イーソンはその後、肩を脱臼して退場した[1]。 第3Q序盤にUSCのスコット・ティンズリー(英語版)がジェフ・シモンズ(Jeff Simmons)に18ヤードのTDパスを通して、17-7とリードを広げた[1]。 第4Q、最初のプレーで東軍はミシガン大学のポール・ガーガッシュ(英語版)がインターセプトをして敵陣35ヤード地点までリターンしたが、そこでファンブル、西軍がボールを奪い返し、タッグルが65ヤードを独走しTDをあげた。 インディアナ大学のベイブ・ローフェンバーグ(英語版)はこの試合でパス44回中16回成功、第4Qにマーティンへ9ヤード、ノートルダム大学のフィル・カーター(Phil Carter)に4ヤードと2本のTDパスを成功させた[1]。 カリフォルニア大学デービス校のケン・オブライエンがカリフォルニア大学のウェス・ハウエル(Wes Howell)に44ヤードのTDパスを成功させた[1]。 西軍は東軍のパスオフェンスを良く守り、30-21で勝利した[3]。 東軍は331ヤードを獲得し、西軍の302ヤードを上回ったが、西軍は東軍のミスにつけこんで4連勝を果たした[1]。 両軍でパス85回中45回成功、5TDパス、7インターセプトを記録した[1]。 西軍のヘッドコーチをアリゾナ大学のラリー・スミス(英語版)、アシスタントコーチをオクラホマ大学のジミー・ジョンソン(英語版)が務めた[1]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 “West captures Japan Bowl”. Rome News-Tribute (1983年1月24日). 2015年11月3日閲覧。 1 2 西軍勝ち6勝2敗に ジャパンボウル 読売新聞 1983年1月24日朝刊16ページ ↑ 西軍が四連勝 ジャパンボウル 朝日新聞 1983年1月24日朝刊 19ページ 表話編歴ジャパンボウル 第1回(1976年) 第2回(1977年) 第3回(1978年) 第4回(1979年) 第5回(1980年) 第6回(1981年) 第7回(1982年) 第8回(1983年) 第9回(1984年) 第10回(1985年) 第11回(1986年) 第12回(1987年) 第13回(1988年) 第14回(1989年) 第15回(1990年) 第16回(1991年) 第17回(1992年) 第18回(1993年) Related Articles