紀元前183年
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できごと
共和政ローマ
- ローマ市にギリシア諸国からの使者がやってきて、元老院は彼らから事情を聴取した後、クィントゥス・マルキウス・ピリップス (紀元前186年の執政官)を派遣し、紛争の解決に当らせた[2]。
- ムティナ、アクイレイア、パルマ、エトルリアのサトゥルニアにローマの植民市ができた[3]。
- スキピオ・アフリカヌスがカンパニア州のリテルヌムで死去した。
- ティトゥス・クィンクティウス・フラミニヌスがビテュニアに派遣され、ペルガモンとの戦争とカルタゴの元将軍ハンニバルの受け入れに抗議した[3]。プルシアス1世がローマの要求に従いだまそうとしているのを知ったハンニバルはLibyssaの村で服毒自殺した。
ギリシア
誕生
→「Category:紀元前183年生」も参照
- プブリウス・コルネリウス・スキピオ・ナシカ・セラピオ、ローマの執政官(+ 紀元前132年)
死去
→「Category:紀元前183年没」も参照
- スキピオ・アフリカヌス、ローマの政務官(* 紀元前236年)
- メガロポリスのフィロポイメン、ギリシアの政治家、軍人(* 紀元前253年)
- ハンニバル、カルタゴの将軍(* 紀元前247年)