紀元前194年
From Wikipedia, the free encyclopedia
できごと
ギリシャ
- スパルタ王ナビスの野望を確かめた後、前執政官ティトゥス・クィンクティウス・フラミニヌスはついにギリシアから軍を引き揚げた。
- フラミニヌスはマケドニア王国、アイトーリア、アカイア同盟、スパルタから勢力を撤退し、ギリシアは一時的に主権を回復した。ローマのギリシアへの介入に反対していたアイトーリアの人々は、スパルタ王のネビスを煽動し、以前の領土と権力を奪還させた。
セレウコス朝
- エジプトと平和条約を結ぶと、アンティオコス3世は西方に注目した。彼は、ギリシアを保護するローマに挑戦するよう以前のカルタゴの将軍ハンニバルに促された。
- ピリッポス5世は、ロドス島、ペルガモンとともに、アンティオコス3世に対抗するため、ローマ側についた。
共和政ローマ
- 両執政官はボイイ族とリグリア人に対する作戦を行った[2]。
- セクストゥス・アエリウス・パエトゥス・カトゥスとガイウス・コルネリウス・ケテグスがケンソル(監察官)に就任、競技場に元老院議員専用席が初めて作られ、スキピオ・アフリカヌスが2度目のプリンケプス・セナトゥス(元老院第一人者)に指名された[2]。
- メガレシア祭で初めて舞台芸術が披露された[2]。
- ヒスパニアから帰国したマルクス・ポルキウス・カト・ケンソリウスと、ギリシアから帰国したフラミニヌスが凱旋式を挙行した[3]。
- プロコンスル(前執政官)ルキウス・ウァレリウス・フラックス (紀元前195年の執政官)が、メディオラヌムでインスブレス族に勝利した[3]。
- テンプサ、シポントゥム、クロトン、ブルッティウムなどに入植が行われた[4]。