紀元前187年
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できごと
セレウコス朝
共和政ローマ
- 執政官レピドゥスはアエミリア街道を建設した[2]。
- 執政官フラミニウスはボノニアからアッレティウムまでの街道を建設した[2]。
- 外国人担当プラエトル、クィントゥス・テレンティウス・クッレオが12000人のラテン人をローマ市から追放した[2]。
- 護民官クィントゥス・ペティッリウス・スプリヌスらが、アンティオコスからの収賄容疑でルキウス・コルネリウス・スキピオ・アシアティクスの関係者を調査する提案を行った[3](Lex Petillia de pecunia regis Antiochi[4])。
- ギリシア担当プロコンスル(前執政官)マルクス・フルウィウス・ノビリオル (紀元前189年の執政官)が帰国して凱旋式を挙行し、戦利品でヘーラクレース神殿とムーサ神殿を奉献した[3]。
- プロコンスルのグナエウス・マンリウス・ウルソが帰国し、凱旋式を挙行した[3]。
カルタゴ
エジプト
誕生
→「Category:紀元前187年生」も参照
死去
→「Category:紀元前187年没」も参照