葛玄
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 道教 |
|---|
| 基礎 |
| 道教の歴史 · 道 · 徳 · 無極 · 太極 · 陰陽 · 五行 · 気 · 内丹術 · 無為 · 道観 · 道士 |
| 典籍 |
| 老子道徳経 · 荘子南華真経 · 列子 · 参同契 · 抱朴子 · 黄庭経 · 度人経 · 清静経 · 雲笈七籤 · 道蔵 |
| 神仙 |
| 三清 · 玉皇大帝 · 黄帝 · 西王母 · 七仙女 · 八仙 · 関羽 · 嫦娥 · 媽祖 · 鍾馗 · 雷公 · 電母 · 無極五母 · 北斗星君 · 九天応元雷声普化天尊 · 南斗星君 · 北極紫微大帝 · 太上道君 · 素娥 · 南極老人 · 太乙救苦天尊 · 五毒将軍 · 劉猛将軍 · 赤精子 · 五瘟使者 · 二十四諸天 · 二十八天 · 寿老人 · 太上老君 · 嫦娥 · 九天玄女 · 龍王 · 他の神 |
| 人物 |
| 老子 · 荘子 · 張陵 · 張角 · 魏伯陽 · 葛洪 · 許遜 · 寇謙之 · 陸修静 · 陶弘景 · 孫思邈 · 陳摶 · 五祖七真 · 王重陽 · 丘長春 · 張三丰 |
| 宗派 |
| 五斗米道 · 霊宝派 · 上清派 · 重玄派 · 浄明道 · 全真教 · 正一教 · 華山派 |
| 聖地 |
| 洞天 · 桃源郷 · 壺中天 · 蓬萊 · 道教名山 · 仙境 · 龍宮 · 福徳島 |
|
|

葛 玄(かつ げん、164年 - 244年)は、中国後漢末期から三国時代の呉の道士。字は孝先。本貫は徐州琅邪郡。葛仙公または太極左仙公とも呼ばれる。祖父は葛矩。従祖父は葛弥。父は葛焉。従兄弟は葛奚。従孫(葛奚の孫)は葛洪。
葛玄は幼少の頃からよく学び、五経を広く読み漁り、老荘思想の学説を喜んだという。
葛玄は丹陽郡句容県に住んでいたが、後に方士の左慈に出会い弟子入りし、『太清丹経』・『黄帝九鼎神丹経』・『金液丹経』・『三元真一妙経』などの道経を授かったが、これらが後に葛玄の弟子の鄭隠を経て、葛洪に伝えられたという。
葛玄は海山にて薬草を採る生活をしていたが、嘉禾2年(233年)、閣皁山に住んで庵を建て修道を行い、築いて炉を立てて、九回に渡って金丹を作成したが失敗した。後に括蒼山・南岳・羅浮山などの諸山を遨遊するのを楽しんだ。
著書は『霊宝経誥』を編撰しているといわれ、精研した上清・霊宝などの道教の真の経典を研究し、弟子たちに世界を継承するように指示している。
東晋後期の伝説では、太極真人徐来勒が『霊宝経誥』を葛玄に授け、葛玄はそれを鄭隠に伝え、鄭隠は葛洪にそれを伝え、葛洪は更に族孫の葛巣甫に伝えたおかげで『霊宝経誥』が後世に伝わることとなり、葛玄は『霊宝経誥』の誕生と伝授に関わる主要人物の一人とされた。
北宋の崇寧3年(1104年)、徽宗により葛玄は沖應真人に封じられた。のちに南宋の理宗により沖應孚佑真君に格上げされた。
道教の霊宝派から派生した閣皁宗において、葛玄は祖師とされた。少数の道教の宗派の中では、葛玄は四大天師[1]の一人とされている。