九天玄女

From Wikipedia, the free encyclopedia

拼音 Jiǔtiān Xuánnǚ
日本語読み: きゅうてんげんにょ
英文 Dark Lady of the Nine Heavens
九天玄女
葛飾北斎に描かれた『絵本水滸伝』九天玄女の挿絵。メトロポリタン美術館所蔵。
各種表記
拼音 Jiǔtiān Xuánnǚ
日本語読み: きゅうてんげんにょ
英文 Dark Lady of the Nine Heavens
テンプレートを表示
九天玄女を祀る道観

九天玄女(きゅうてんげんにょ、または単に玄女元女、俗称:九天玄女娘娘)は、中国神話女神であり、道教における女仙である。

」の字は黒色を表すこともあり、玄女という名は「黒い女」の意味である。

戦術兵法を司る上古の女神で、「天書」を持っている。戦術の神と正義の神の性格を併せもって、道教の神統譜では西王母に次ぐ地位にある女天神と言及され、上元夫人と同一視されることもあった[1][2]。西王母の副官役として英雄たちの守護神である[3]道教では旧暦2月15日を九天玄女の誕生日として祝っている。また、六壬神課と関連づけられている。

『古文龍虎経註疏』によれば、玄女は「天符者」(歳運と天の気を司る者)と称されていた。玄女は天地の精神・陰陽の霊気であり、万物を知っていて、道教の主である。また、玄女も上古の神仙であり、衆真の長である。[4]葛洪の「枕中書」によれば、元始天王太元玉女中国語版は九光玄女を生み、太真西王母と号し、西漢夫人のことである[5][6]。九天玄女は西王母の一側面と考えられている。『太上老君中経』によれば、玄女は常に太白の明星を戴き、太明の珠を耳につけ、一身に光を照射して、即ち延年して死なず[7]

元々の玄女は、人首鳥身の婦人をした姿の女神で、西王母に遣使されて黄帝に戦法を教えたと伝えられている。また、黄帝に蚩尤を抑えるための三宮五意陰陽の略、太一遁甲六壬歩斗の術、『陰符』の機、『霊宝五符』、『五勝』の文(あるいは六甲六壬兵信の符、霊宝五帝策使鬼神の書、制妖通霊五明の印、五陰五陽遁元の式、太一十精四神勝負握機の図、五兵河図策精の訣[8])を授けた。[9]玄女の人首鳥身の原型は玄鳥と言われており、の始祖「」の母「簡狄」は玄鳥の卵を飲んで「契」を生んだ[10]顓頊の孫娘「女脩中国語版」が機織している時、玄鳥の卵を飲んで身ごもり、「大業中国語版」を生んだ[11]。また『雲笈七籤』にその名が記され、九天玄女は黄帝の師・聖母元君中国語版の弟子であり、丹鳳(赤い鳳凰)に乗って、九色彩翠の衣を着て、玄狐の裘(黒狐の毛皮)をかぶっている[12]

中国において古くは「玄素の道(陰陽の術)」で、玄女と素女方術を指す。黄帝は、玄女と素女から房中術(性技)をさずかったとされている[13]メソポタミア神話の性愛と戦争を司る女神イナンナイシュタルなどと共通点が指摘される説もある。しかしこれらは晋、あるいは隋の方士によっての後付けであり、漢以前の記載では、玄女も素女もこれらとの関わりは見当たらない。

『通俗大明女仙伝』(原題:『女仙外史』)の女主人公である唐賽児は、九天玄女から授った七巻の天書を学び、様々の幻術を用いて燕軍を翻弄する[14]。玄女は剣仙たちを統べる天仙の長で、素女は玄女の妹と言われる[15][16][17]。一人称は「[14]

の名将・李靖は、九天玄女の戦法を駆使したとある[18]

また、1047年の中国の小説『三遂平妖伝』の改作において、聖姑姑から九天玄女へ変更されたという説がある[19]

古典小説

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI