西伊豆町
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| にしいずちょう 西伊豆町 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
| 都道府県 | 静岡県 | ||||
| 郡 | 賀茂郡 | ||||
| 市町村コード | 22306-9 | ||||
| 法人番号 | 8000020223069 | ||||
| 面積 |
105.41km2 | ||||
| 総人口 |
5,972人 [編集] (推計人口、2026年1月1日) | ||||
| 人口密度 | 56.7人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 伊豆市、賀茂郡河津町、松崎町 | ||||
| 町の木 | つばき | ||||
| 町の花 | つわぶき | ||||
| 西伊豆町役場 | |||||
| 町長 | 星野淨晋 | ||||
| 所在地 |
〒410-3514 静岡県賀茂郡西伊豆町仁科401番地1 北緯34度46分18秒 東経138度46分31秒 / 北緯34.77167度 東経138.77533度座標: 北緯34度46分18秒 東経138度46分31秒 / 北緯34.77167度 東経138.77533度 | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
標高1,000 m程度の山稜から流れる宇久須川と仁科川、この2河川の河口付近に主な市街地を形成し、その間の入江にも小規模な集落を形成する。この宇久須川と仁科川のどちらも河口に砂浜を形成し、毎年多くの海水浴客を呼ぶ。海岸地形は複雑で小島が多く、黄金崎や「伊豆の松島」とも呼ばれる堂ヶ島などの景勝地で知られ、一帯の海岸が『伊豆西南海岸』として国指定の名勝に指定されており、富士箱根伊豆国立公園の一部にも指定されている。 なお、今後発生が見込まれる南海トラフ巨大地震の際には、市内の海岸に最大9mの津波が到達することが予想されている[1]。 気候は温暖な海洋性気候で平均気温は16℃程。これは黒潮の影響を強く受けているためである[2]。
主な地形
- 山: 四十山(437 m), 大野山(615 m), 笠蓋山(703 m), みそう台(920 m),大倉山(940 m), 長九郎山(995 m), 猿山(999 m)
- 河川: 仁科川、宇久須川
歴史
古代[3]
- 古墳時代
- 後期:田子辰ヶ口岩陰遺跡で埋葬が行われる。
- 時期不明:仁科栗原昔穴古墳が造営される。後期か。
鎌倉時代から室町時代まで
- 13世紀:沢田船溜の人工岩窟に仏像7体を描いた壁画「白岩山岩窟壁画」が造られる[5]。岩窟は1233年(天福元年)に創建した天福寺の廃寺跡に残されたものであると推定されており、本壁画も同時期のものであると推定されている。
- 1415年:僧天英により龍泉寺が開かれる。
- 1573年:7月16日、後北条氏家臣安藤豊前入道、田子城主山本信濃守に海岸の監視と取締りを命じる。
戦国時代から江戸時代まで
- 1594年:伊豆代官彦坂元正により伊豆の総検知が行われる。町内では大沢里村において9月6日に検知を行った記録が祢宜畑山神社『御縄打帳』に残る。
- 1601年:彦坂元正、伊豆金山奉行に就任。
- 1606年:大久保長安、伊豆金山奉行に就任。伊豆金山の開発に従事する。
- 1609年:大久保長安、宇久須神社へ吊り灯篭を寄進する。
- 1800年:2月、地元大工の井上半兵衛並びに又七、昭和50年代まで出崎神社において神船として使用されていた神船模型を作成する。県内最古の関船模型。
- 時期不明:田子城、小松城、安城山城、安良里城、大城城などの中世山城が築かれる。中世の可能性も。
| にしいずちょう 西伊豆町 | |||||
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| 廃止日 | 2005年4月1日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 賀茂郡西伊豆町、賀茂村 → 西伊豆町(新) | ||||
| 現在の自治体 | 西伊豆町 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
| 都道府県 | 静岡県 | ||||
| 郡 | 賀茂郡 | ||||
| 市町村コード | なし(導入前に廃止) | ||||
| 面積 | 65.9 km2. | ||||
| 隣接自治体 | 賀茂村、松崎町、河津町、伊豆市 | ||||
| 西伊豆町役場 | |||||
| 所在地 | 静岡県賀茂郡西伊豆町 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
明治期以降
- 1889年(明治22年):4月1日、町村制施行に伴い、浜村・一色村・中村・大沢里村が合併し、仁科村が成立する。安良里村・宇久須村が合併し、宇久須村が成立する。田子村は単独で田子村として成立する。
- 1896年:4月1日、那賀郡が賀茂郡へ統合される。5月14日、宇久須村から大字安良里が分立し、安良里村となる。
- 1945年(昭和20年):1月7日、強制連行中国人178人、戦線工業仁科鉱山着、途中22人死亡、以後強制労働で82人死亡。
- 1956年:3月31日、仁科村と田子村が合併し、西伊豆町となる。9月30日、安良里村と宇久須村が合併し、賀茂村となる。
- 1968年:堂ヶ島洋ランセンターが設立(後の『らんの里堂ヶ島』)[注釈 1]。
- 2003年(平成15年):8月31日、伊豆箱根鉄道の高速船運行終了[6]。
- 2005年:4月1日、西伊豆町と賀茂村が合併し、新たに西伊豆町となる。
- 2009年:8月11日、駿河湾地震が発生。仁科で震度5強を観測。
- 2013年:7月18日、大雨で安良里地区を中心に床上浸水などの被害[7]。
- 2020年(令和2年):4月、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い公共施設、観光施設、宿泊施設の閉鎖、利用制限が行われる[8]。
- 2021年:8月23日、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う緊急事態宣言を受けて大浜・田子瀬浜・大田子・安良里・黄金崎・宇久須、以上6か所の海水浴場を閉鎖[9]。同月29日、当年度の町内海水浴場開設期間を終了[10]。
- 2022年:12月、同町出身のミュージシャン・遠藤一馬が、西伊豆町応援ソングと銘打った楽曲「Home[注釈 2]」をリリース。西伊豆中学校校歌を作詞・作曲した谷本貴義と、かつて遠藤もメンバーとして名を連ねていたロックバンド「SIAM SHADE」の元ベーシスト・NATCHINをゲストに迎えて制作。CDは西伊豆町のふるさと納税返礼品として入手できる[11]。
人口
2024年、民間の有識者らで作る人口戦略会議は、各市町村における2020年から30年間の女性人口減少率を予想。西伊豆町では、20歳から39歳の女性が70.2%減少するとし、将来的に消滅する可能性が高い「消滅可能性自治体」であることを発表した[12]。
| 西伊豆町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 西伊豆町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 西伊豆町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
西伊豆町(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
行政
議会
産業

海岸の景色を売りにした温泉を中心とした観光業や漁業が中心。田子地区は明治から昭和にかけて漁業を中心とした鰹節加工業が栄え、カツオの町として知られていたが現在では衰退している[15]。しかし今でも造船所が複数あるなど造船関連業は多い[要出典]。
また、かつては採石業も目立つ存在で、当町で採石されたものが羽田空港の再拡張事業の埋め立てに使われたが、現在では採石は終了し、砕石業に移行している[16]。
鰹節の誕生以前の日本で利用されていたカツオの保存食・しおかつおを利用したご当地グルメの開発、地域おこしが行われている[17]。
農業においてはキダチアロエの栽培が盛ん。全国一の生産量を誇る[18]。
観光業
宇久須地区には以前、ガラスの原料となる珪石を採掘する伊豆珪石鉱山があったことから、ガラス文化の里として観光を展開しており、ガラスをテーマとした美術館である黄金崎クリスタルパークや、クリスタルビーチと名付けられた海水浴場があり、多数のガラス工芸作家も住んでいる。また、澄んだ海を利用したスクーバダイビングも盛んである。
教育
交通
鉄道
町内に鉄道は通っていない。鉄道を利用する場合の最寄り駅は、伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺駅あるいは、伊豆急行線稲梓駅、蓮台寺駅、伊豆急下田駅。
なお、鉄道駅から路線バスに乗り換えて西伊豆町内へ行く場合、西伊豆町とを結ぶ路線バスが発着する駅は伊豆急行線伊豆急下田駅・蓮台寺駅・稲梓駅、伊豆箱根鉄道駿豆線修善寺駅の各駅である。町内(堂ヶ島)への所要時間は伊豆急下田駅から約58分、修善寺駅から約1時間30分。ほかに、三島駅との間に特急・快速バス(西伊豆特急・快速バス)が運行されている。
バス
- 東海バス - 東海自動車グループ。周辺の下田市・松崎町・伊豆市・南伊豆町・伊豆の国市・三島市との間で運行する。
- 特急・快速(西伊豆特急・快速バス):三島駅 - 長岡温泉 - 土肥温泉 - バイパス宇久須 - バイパス安良里 - バイパス田子 - 堂ヶ島 - 松崎
- 快速:修善寺駅 - 出口 - 土肥温泉 - 宇久須 - バイパス安良里 - バイパス田子 - 堂ヶ島 - 仁科 - 松崎
- 修善寺駅 - 出口 - 土肥温泉 - 宇久須 - 安良里 - 田子 - 堂ヶ島 - 仁科 - 松崎
- 伊豆急下田駅 - 蓮台寺駅 - 落合(稲梓駅)- 箕作 - 大沢温泉口 - 松崎 - 仁科 - 堂ヶ島 - 田子 - 安良里 - 宇久須
- 西伊豆町自主運行バス
- 神田 - バイパス宇久須 - バイパス安良里 - バイパス田子 - 堂ヶ島 - 仁科 - 白川 - 宮ヶ原
- 神田 - 宇久須 - 安良里 - 田子 - 堂ヶ島 - 仁科 - 松崎
道路
- 一般国道
- 主要地方道
- 一般県道
港湾
- 宇久須港
- 安良里港
- 田子港
- 仁科港
文化財
国指定文化財
名勝
- 伊豆西南海岸
天然記念物
県指定文化財
有形文化財
- 堂ヶ島薬師堂木造釈迦如来坐像・木造阿弥陀如来坐像・木造薬師如来坐像
- 釣燈篭…慶長14年に伊豆金山奉行として金山開発に従事していた大久保長安が寄進したもの。宇久須神社所蔵。
無形民俗文化財
- 中神明神社の人形三番叟
- 仁科佐波神社の人形三番叟
- 宇久須牛越神社の人形三番叟
天然記念物
- 永明寺のイチョウ
- 瀬浜海岸のトンボロ
- 黄金崎のプロピライト
町指定文化財
有形文化財
- 明泉寺薬師如来坐像
- 出崎神社の神船模型
- 佐波神社人形三番叟の首及び面
- 白岩山岩壁窟画
- 三十六歌仙の扁額
- 多胡神社文亀三年棟札
- 佐波神社慶長十年棟札
- 『豆州西浦大沢里村御縄打』
- 『北条氏虎印の法度状』
有形民俗文化財
- 鰹節製造に関する生産加工用具
無形民俗文化財
- 猿っこ踊り
- 駒形神社の神楽
- 野畑天神社の神楽
- 浜施餓鬼
- 岩谷戸の百八灯
- 天王社お注連あげ
- 正月魚(しょうがつよ)
史跡
- 辰ケ口岩陰遺跡
- 栗原昔穴古墳
天然記念物
- 神田神社の梛
- 中神明神社のナギ
- 白川宮下の大ツバキ
- 宮ケ原天神社のスダジイ
- 網屋崎のうばめがし・はまぼう樹林
登録有形文化財
- 築地遺跡出土縄文時代人骨
- 築地遺跡出土弥生時代弓
- 仁科川河床遺跡
- 田子中学校遺跡
- 安城山城跡
名所・旧跡・観光スポット


海岸
- 夕陽…同町が半島の西に位置し、駿河湾に沈む夕陽を望めることから、「夕陽のまち」をアピールしている。海岸には小島が多く、とくに大田子浜海岸の沖には、俗に「めがねっちょ」などと呼ばれる穴の開いた岩もあり、これらの島々と夕日の撮影を目的とした写真愛好家が集まる。
- 黄金崎(こがねざき)…宇久須地区南岸にある夕日を受けて断崖が黄金色に輝く岬。富士山を望むこともできる。ダイビングポイントとしても知られている。
- 今山(いまやま)…西伊豆町の沿岸部の中央、安良里地区と田子(大田子)地区の狭間にある丸い半島状の山。遊歩道が整備されている[19]。
- 堂ヶ島(どうがしま)…仁科地区の北岸にある断崖と小規模な島々からなる景勝地。洞窟の天井に穴が開いている天窓洞や、干潮時に三四郎島まで道ができることで知られている(瀬浜海岸、タイダル・アイランド)。遊覧船も運行されている(堂ヶ島マリン)。
海水浴場
スキューバダイビング
- 黄金崎ダイブセンター
- 安良里マリン
- 西伊豆シーランドダイビングサービス
- 海冒主
- ガイズダイビングセンター
- 田子ダイビングセンター
- シーエッグダイバーズ
- サンセットリゾートダイブセンター
- マリンステーション堂ヶ島
温泉
- 宇久須温泉
- 浮島温泉…堂ヶ島北部にある温泉地。
- 堂ヶ島温泉…堂ヶ島にある温泉地。
- 祢宜ノ畑(ねぎのはた)温泉…大沢里地区の温泉。
日帰り温泉
- しおさいの湯
- 沢田公園 露天風呂
- なぎさの湯
- せせらぎの湯
- やまびこ荘…廃校になった大沢里小学校を活用した温泉施設である。温泉を利用した屋外プールもあり、近年ではグラビアアイドルの撮影でよく使われて有名になっている。
キャンプ場
- 宇久須キャンプ場
- キャンプ黄金崎
- Seaside Base ARARI
- AQUA VILLAGE
- 西伊豆オートキャンプ場
神社
寺院
その他
- はんばた市場…仁科漁港にある鮮魚・野菜直売所。
- 旧施設
- 加山雄三ミュージアム…堂ヶ島に所在し、加山雄三の絵画や映画、楽曲などが展示されていた。ミュージアム内にはアトリエがあり、本人がキャンバスに向かっていることもあった。1998年開館、2022年閉館[20]。
- らんの里堂ヶ島…1968年に堂ヶ島洋ランセンターとして設立。2006年3月よりリニューアルオープンし「らんの里堂ヶ島」として営業も、2013年7月に営業終了。
