西江邸
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 西江邸・西江家住宅主屋 | |
|---|---|
|
外観 | |
| 所在地 | 岡山県高梁市成羽町坂本1604 |
| 位置 | 北緯34度52分8.5秒 東経133度26分57.3秒 / 北緯34.869028度 東経133.449250度座標: 北緯34度52分8.5秒 東経133度26分57.3秒 / 北緯34.869028度 東経133.449250度 |
| 類型 | 庄屋・代官屋敷 |
| 形式・構造 | 木造、入母屋造、石州瓦葺 館構え |
| 敷地面積 | 約3,000坪 |
| 建築年 | 宝永・正徳年間(1704年~1715年) |
| 文化財 | 国の登録有形文化財 |
施設
県道33号線沿いから少し坂を上ったところに位置し、現在も個人宅として維持管理されている。現在で18代目となる。6代目兵右衛門が宝暦年間(1751年 - 1761年)、本山鉱山から採掘された鉄鉱石より、日本で初めて弁柄(酸化第二鉄)の製錬に成功した。以来350年にわたり、弁柄の原料となる緑礬(ローハ)と弁柄(酸化鉄)の生産で富を成した。西江家の母屋等創建は宝永・正徳年間(1704年 - 1715年)である。当時、惣代庄屋で請負代官を兼ね、白洲跡・郷倉・駅馬舎・手習い場・式台などその当時の社会システム(自主的行政機構)がわかる。西江家6代目が島根県から一流の石州大工と石州瓦職人たちを結集し、20年かけて創りあげた建造物である。3段構えの石垣はまさしく城郭の構えである。西江家15代目が木道楽であったため、裏座敷は明治に建て替えられた。部材にこだわり、桜・欅・松・檜・黒柿・紅葉など高級木材を使い、ベンガラスス塗りを施している。江戸期の上層民の暮らしぶり(大名と町民の中間的存在が行う地方自治)を残す貴重な歴史的建造物といえる。西江家古文書7000点は 岡山県記録資料館 へ寄与、本山鉱山関連や古写真等3000点は西江家で保存している。
敷地は約3000坪、部屋数は41部屋,161畳を数える。現在、郷蔵を資料館とし、また、邸内一部・役宅部分を一般公開している。銅山を中心として弁柄産業で栄えた吹屋地区のランドマークのひとつであり、現当主によりベンガラ(弁柄)産業を復興させた。人の住まう活きた文化財である。18代目西江晃治が岡山大学、九州大学との研究の末、公害の出ない新たな製法により平成20年にベンガラを再興させ、同時に研究所を設立。今後、ローハベンガラは耐候性、木部保護に優れた特質を生かし、世界遺産、国宝、重文など神社仏閣の歴史的建造物の文化財保護の活用や伝統工芸に活用され、ローハベンガラは受注生産となる。
2012年2月29日、西江邸は、東北地方太平洋沖地震に伴う津波で消失した茨城県北茨城市大津町五浦(いづら)にある朱塗りの建築物「六角堂」の再建を支援するため、六角堂管理者の茨城大学へ江戸時代のベンガラ2.5kgを寄贈した[1]。
2014年9月24日、西江邸のローハベンガラで塗装された扁額を最上稲荷の大鳥居に奉納 した。