西立野
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沿革
もとは江戸期より存在した足立郡に属する立野村であった[5]。立野は館野とも記された[6]。植木の生産は幕末より行なわれていた[5]。
- はじめは幕府領、寛永年間(1624年〜1645年)より関東郡代伊奈氏の知行地となるが、1792年(寛政4年)に再び幕府領となる[5]。なお、検地は延宝6年に実施[6]。
- 1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
- 1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。それに伴い、郡内に同名の村(旧草加町大字東館野、現在の草加市氷川町の一部)が存在していたため、西を冠称して西立野村に改称される[7][5]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、戸塚村・西立野村・長蔵新田・久左衛門新田・藤兵衛新田が合併し[8]、戸塚村の大字西立野となる。
- 1956年(昭和31年)4月1日 - 戸塚村・大門村・野田村が合併し、美園村が成立する[9][10]。美園村の大字となる。
- 1960年(昭和35年)4月1日 - 美園村から一部が川口市に編入され[7]、川口市大字安行西立野となる[11](西立野とは現在も別の町丁)。
- 1962年(昭和37年)5月1日 - 美園村の南側(旧戸塚村と旧大門村の一部)が川口市に編入され[9][10]、川口市の大字となる[12]。
- 1994年(平成6年)10月1日 - 区画整理が完成し、一部が長蔵1丁目に変更[13]。
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[14]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 川口市立戸塚南小学校 | 川口市立戸塚西中学校 |
交通
鉄道
地区内の地下を埼玉高速鉄道線が通り[4]、埼玉高速鉄道戸塚安行駅の南端部が地区内に所在する。1番出口は西立野にある。
道路
- 東京外環自動車道 - 安行(西)交差点付近で僅かに掠める[4]。
- 国道298号 - 同上
- 埼玉県道・東京都道103号吉場安行東京線
- 埼玉県道381号東大門安行西立野線
- 埼玉県道161号越谷川口線 - 南東部の境界で僅かに掠める。
施設
- 川口北警察署 - 2026年開署予定
- 川口市立戸塚西中学校
- 西福寺 - 三重塔がある。
- しらぎく保育園
- 二宮神社
- 稲荷神社
- 百観音公園
- 福田児童公園