字は子止で、済州鉅野県の出身である。北宋末、金より逃れて四川に移住した。紹興11年(1141年)から紹興17年(1147年)まで、四川転運使の井度の属僚であった。井度は蔵書家として知られていたが、晩年になって全蔵書を晁公武に移譲した。その後、晁公武は乾道6年(1170年)まで四川を中心とした地方官を歴任した。
晁公武が、栄州知州時代に、所蔵する書物約25,000巻の提要(解題)を撰述したのが、すなわち本書である。その家がかつて開封府の昭徳坊に在ったことから、本書は別名「昭徳先生郡斎読書志」とも呼ばれる。