野口泰司

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (2001-02-07) 2001年2月7日(24歳)
身長
体重
180 cm
96 kg
野口 泰司
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県知立市
生年月日 (2001-02-07) 2001年2月7日(24歳)
身長
体重
180 cm
96 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

野口 泰司(のぐち たいし、2001年2月7日 - )は、愛知県知立市出身[1]プロ野球選手捕手)。右投右打。

知立西小1年生の時から知立西エンゼルスで野球を始め、投手捕手を務める。知立中では愛知衣浦シニアでプレーし、2年から捕手を務め、2、3年時には全国大会に出場した[2][3]

栄徳高等学校では1年夏からメンバー入りし1年秋から正捕手[3]。3番打者を務めた2年夏には県大会決勝まで進出するも鵜飼航丞伊藤康祐伊藤稜ら擁する中京大中京に敗れて準優勝。3年夏は西愛知大会3回戦で敗退し[3]、結果的に春夏ともに甲子園出場は果たせなかった。高校通算10本塁打[3]

名城大学に進学し、硬式野球部では1年春からベンチ入りし、1年秋から正捕手をつかむ[3]愛知大学野球連盟1部リーグでは主力として3度のリーグ優勝を果たし[4]、自身も3年春と4年春にベストナインに選出され、4年秋にはMVPに輝く[5]。リーグ通算で77試合に出場し、打率.269、9本塁打、39打点[3]。4年秋の明治神宮野球大会では亜細亜大学青山美夏人からホームランを打つなど活躍。名城大学を43年ぶりのベスト4に導く活躍を見せる。また、ハーレムベースボールウィークの日本代表にも選出された[6]NPB8球団から調査書が届き、ドラフト上位指名を予想するメディアもあったが、指名漏れに終わった[7]

NTT東日本でも1年目から出場するも、強打を買われて4番に座り、一塁指名打者として起用されることが多かった[8][9]。2年目には正捕手の座を奪い[10]、22試合で、打率.293、1本塁打、14打点の打撃成績を残す[11]。また、2年目には第5回 WBSC U-23ワールドカップの日本代表にも選出されると代表のキャプテンを務め[12]、3度目の優勝に貢献した。

高校、大学、社会人と3度のドラフト指名漏れを経験したが、NPB入りの夢を追い[4][13][14]2025年3月いっぱいでNTTを退社[15]。同年4月10日、ウエスタン・リーグに参加するくふうハヤテベンチャーズ静岡の「野手・捕手トライアウト」を受験し[5][15]、同月30日に入団が発表された(入団は5月1日付)[16]。背番号は35。リーグ公式戦が始まって1か月過ぎの入団で、初出場は5月9日のオリックス戦で6番・指名打者での出場だった[17][18]。9月20日のオリックス戦で初本塁打を記録[19]。最終的にウエスタン・リーグ54試合に出場し、2本塁打、7打点、打率.240の打撃成績を残し[20]、捕手としては28試合に出場した[21]。ドラフト会議での指名を待ったが調査書は届かず、4度目のドラフト指名漏れとなった[22]みやざきフェニックス・リーグにも参加していたが[23]、11月1日、自身の希望による退団が発表された[22][24]

選手としての特徴・人物

パワフルな打撃と強肩が魅力の強肩強打の捕手[25]。学生時代から強打の捕手として注目されながら[8]、野口自身は打撃より守備の方が自身があると語り、二塁送球タイムは最速1.68秒を誇る[8]。ベースボールライターの西尾典文は大学でのドラフト指名漏れの理由を守備面での不安が評価を下げたと推測している[注 1]が、社会人2年目の野口の守備を見て、スローイングの動きがスムーズで、速く動きながらも正確に強いボールが投げられていたり、キャッチングも向上し、守備面全般においてレベルアップを見せていたと評する[9]

大学1年のときから背番号は35をつけ続けている[26]

詳細情報

脚注

関連項目

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