金子剛

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カタカナ カネコ ツヨシ
ラテン文字 KANEKO Tsuyoshi
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-04-08) 1983年4月8日(42歳)
金子剛
名前
カタカナ カネコ ツヨシ
ラテン文字 KANEKO Tsuyoshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1983-04-08) 1983年4月8日(42歳)
出身地 栃木県宇都宮市
身長 183cm
体重 74kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
1999-2001 日本の旗 鹿沼東高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2005 日本の旗 水戸ホーリーホック 25 (3)
2004 日本の旗 グルージャ盛岡 10 (25)
2006-2007 日本の旗 栃木SC 15 (2)
2008-2009 日本の旗 横河武蔵野FC 38 (8)
2010 日本の旗 エリースFC東京
2010 日本の旗 アビラーション
2014-2019 日本の旗 東京武蔵野シティFC[注 1] 70 (8)
通算 158 (46)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

金子 剛(かねこ つよし、1983年4月8日 - )は、栃木県出身の元サッカー選手である。ポジションはFW

2002年から水戸ホーリーホックに加入。2003年、川崎フロンターレ戦でプロ初ゴール、それが決勝点となる。その年、大宮アルディージャ戦、天皇杯でも得点を奪う。その後2004年は開幕戦にベンチ入りするものの、その翌月に桜井鐘吾、池田光忠と共にグルージャ盛岡レンタル移籍。 グルージャ盛岡では、東北2部で10試合25得点を奪い、昇格に貢献をした。

2005年に古巣復帰を果たすと、開幕戦第1号ゴールを決めた。9試合1得点。

2006年より地元の栃木SCに入団。2006、2007年在籍。

2008年からは横河武蔵野FCに入団。2008、2009、38試合、8得点。

2010年よりアビラーションに入団。

2014年、横河武蔵野FCコーチに就任。同年3月に選手登録され、現役に復帰した[1]

2019年、現役引退を発表した[2]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2002水戸25J220-0020
2003142-31173
20041500--00
2004盛岡東北2部北1025-
2005水戸15J291-0091
2006栃木36JFL112-00112
20073240-0040
2008横河武蔵野18297--287
200991-0091
2010A東京関東2部-
アビラーション25福島県1部-
2014横河武蔵野
武蔵野
33JFL204--204
2015232--232
201623122--122
2017120--120
201830--30
201900--00
通算日本J2 253-31284
日本JFL 12318-0012318
日本東北2部北 1025-||||||10||25
日本関東2部 ||||colspan="2"|-||||||||
日本福島県1部 ||||colspan="2"|-||||||||
総通算 155||||colspan="2"|-||||||||

指導歴

エピソード

2012年3月11日、元栃木SCの選手で栃木SCドリームアンバサダーを務める佐藤悠介が主催した「3.11悠介ドリームズメモリアルゲーム」に参加し、「栃木SC OB」チームで久々に当時のユニフォームを着用して出場した[3]

脚注

出典

関連項目

外部リンク

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