阿部邦一 From Wikipedia, the free encyclopedia 阿部 邦一(あべ くにいち、1899年12月5日 - 1988年3月14日)は、日本の内務官僚、政治家、弁護士。徳島県知事を務めた。 1899(明治32)年に麻植郡鴨島町牛島に生まれる。旧制徳島中学校を卒業後、旧制第一高等学校を経て東京帝国大学法学部卒業。 在学中に高等文官試験行政科に合格し、卒業後内務省に入省。戦前においては、石川県河北郡長、大阪府警察部調停課長、兵庫県都市計画課長・学務部学務課長、鹿児島県経済部長、内務省土木局道路課長[1]、愛知県内務部長、三重県書記官・総務部長[2]などをつとめ、戦後は 1951年、公選第二代目の徳島県知事に就任する(在任期間1951年 - 1955年)。[3]高度経済成長期の産業構造を見通した県政運営を行った。 業績 長安口ダム及び日野谷発電所の建設 那賀川特定地域総合開発計画による諸事業の中核となるものである。知事を退任して2年後、長安口ダムと日野谷発電所は相次いで完成し、那賀川下流の電源開発がなされ、産業の基盤となった。 国内初のフェリーボートの就航 鳴門と淡路島の福良を渡る国内初のフェリーボートを就航させた。 脚注 ↑ 『官報』第2932号、昭和11年10月8日。 ↑ 『官報』第3977号、昭和15年4月11日。 ↑ 『鴨島町史』P1267 参考文献 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年 公職 先代阿部五郎 徳島県知事第46代:1951年 - 1955年 次代原菊太郎 表話編歴 徳島県知事(第46代:1951-1955)官選 第一次徳島県(-1876) 徳島県大参事 井上高格 名東県権令 井上高格 参事 林茂平 久保断三 参事→権令 古賀定雄 富岡敬明 高知県令 小池国武 権令→県令 北垣国道 第二次徳島県(1880-) 県令 北垣国道 酒井明 知事 酒井明 桜井勉 関義臣 村上義雄 山縣伊三郎 李家裕二 有田義資 小倉久 亀井英三郎 床次竹二郎 岩男三郎 谷口留五郎 渡辺勝三郎 秦豊助 亀山理平太 末松偕一郎 三宅源之助 大津麟平 川越壮介 小幡豊治 大野緑一郎 三辺長治 山下謙一 土居通次 落合慶四郎 金森太郎 戸塚九一郎 清水良策 荒木義夫 中村四郎 辻山治平 野田清武 岡田包義 床次徳二 佐藤勝也 公選 阿部五郎 阿部邦一 原菊太郎 武市恭信 三木申三 圓藤寿穂 大田正 飯泉嘉門 後藤田正純 カテゴリ この項目は、政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 Related Articles