高市圭二
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1971年4月に東京・荒木静雄厩舎に騎手候補生として入門し、1978年に同厩舎からデビュー。
1年目の1978年には3月4日の中山第9競走5歳以上600万下・セツザンで初騎乗初勝利[1]を飾り、関東では1976年の津曲幸夫、1977年の大塚栄三郎に続いて3年連続での達成となった[2]。同日は阪神で田原成貴も達成しており、1日に2人の達成は1972年の加藤晴己・鎌田光也以来6年ぶりとなった[2]。
デビュー後は1〜3勝台が続き[3]、1985年と1987年には0勝に終わるが[3]、馬事公苑の頃から知っていた3歳上の大江原哲は、乗り鞍がなくても腐らず一所懸命にやっている高市に、ますます好感を抱いて仲良くなっている[4]。
1988年には自身唯一の3勝超えとなる4勝[3]をマークするが、4勝中3勝は冬の小倉戦で記録し[5]、2月7日には自身唯一の1日2勝[6]を挙げている。
冬の小倉では加藤修甫厩舎のマルゴビクトリーで紫川特別(400万下)→太宰府特別(900万下)を連勝し[7]、小倉大賞典では4コーナー最後方から5着に追い込んだ[8]。
1988年には同年開業の藤沢和雄調教師に調教技術を評価されて調教に乗せられるようになったが[9]、1989年8月26日の新潟第3競走4歳未勝利・インタージャッカルが最後の勝利となった[10]。
1990年2月17日の小倉第6競走4歳以上500万下でディクタトゥールに騎乗し、メンバー中最速上がり38秒1の脚を使ってイダテンターボの4着になったのを最後に現役を引退[10]。
引退後は嶋田功厩舎の調教助手に転身し、1996年に調教師免許を取得して厩舎を開業。初出走は同年12月22日中山競馬第4競走のマレットラックで8着。初勝利は翌1997年3月8日中山競馬第7競走のミヤギロドリゴで、のべ22頭目であった。
1998年の京成杯をマンダリンスターで制し、重賞競走初勝利を挙げた。
2017年の札幌競馬開催中に身体に激痛を感じ、競馬開催後に精密検査を受け、希少がんでの一種である後腹膜脂肪肉腫(サルコーマ)であることが判明[9]。治療を続けながら調教師として厩舎を運営し、2019年の中山大障害をシングンマイケルで制した。
その後、2020年に入り体調を崩し、同年2月17日11時6分、茨城県土浦市の病院で死去[11][12]。64歳没。高市の死去に伴い、同厩舎の管理馬は同月18日付で大江原哲厩舎に転厩(臨時貸付)となった[12][13]。
人物
騎手成績
| 通算成績 | 1着 | 2着 | 3着 | 騎乗数 | 勝率 | 連対率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 平地 | 25 | 29 | 44 | 696 | .036 | .078 |
| 障害 | 0 | 0 | 0 | 6 | .000 | .000 |
| 通算 | 25 | 29 | 44 | 702 | .036 | .077 |
| 日付 | 競馬場・開催 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 初騎乗・初勝利 | 1978年3月4日 | 1回中山3日9R | - | セツザン | 14頭 | - | 1着 |
| 重賞初騎乗 | 1980年8月17日 | 3回新潟4日10R | アラブ王冠(秋) | ミルフォードカザン | 10頭 | 9 | 10着 |
調教師成績
| 日付 | 競馬場・開催 | 競走名 | 馬名 | 頭数 | 人気 | 着順 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 初出走 | 1996年12月22日 | 6回中山8日4R | 4歳上500万下 | マレットラック | 16頭 | 5 | 8着 |
| 初勝利 | 1997年3月8日 | 2回中山5日目7R | 4歳500万下 | ミヤギロドリゴ | 11頭 | 4 | 1着 |
| 重賞初出走 | 1997年5月3日 | 2回東京5日11R | 青葉賞 | ミヤギロドリゴ | 17頭 | 6 | 7着 |
| 重賞初勝利 | 1998年1月11日 | 1回中山4日11R | 京成杯 | マンダリンスター | 10頭 | 4 | 1着 |
| GI初出走 | 1997年12月7日 | 5回中山4日11R | 朝日杯3歳S | オンクラウドナイン | 15頭 | 14 | 11着 |
主な管理馬
※括弧内は当該馬の優勝重賞競走、太字はGI級競走。
- マンダリンスター (1998年京成杯)
- ビーマイナカヤマ(1999年北海道スプリントカップ、2000年ガーネットステークス、黒船賞、群馬記念、かしわ記念、朱鷺大賞典、2001年ガーネットステークス、とちぎマロニエカップ)
- ファストフレンド(1999年マリーンカップ、スパーキングレディーカップ、エンプレス杯、クイーン賞、2000年東海ステークス、帝王賞、エンプレス杯、東海菊花賞、東京大賞典)
- ミヤギロドリゴ(2001年福島記念)
- カシマフラワー(2004年エーデルワイス賞)
- ウイングランツ(2005年ダイヤモンドステークス)
- シングンマイケル (2019年東京ジャンプステークス、東京ハイジャンプ、中山大障害)