高砂一門
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一門の開祖である初代高砂浦五郎は、阿武松部屋所属の力士であったが、東京相撲会所の脱退(高砂改正組事件)を経て力士の声望を集め、1878年、帰参と同時に現役を引退、四股名をそのまま年寄名として部屋を開く[1]。高砂部屋からは多くの有力力士を輩出し、その多くが年寄を襲名し、独自の部屋施設を開く。彼らはいずれも内弟子を抱えたが、稽古や食事は高砂部屋で寄り集まって行い、この運営形態は「一門」として他の相撲部屋にも浸透。そのため、高砂一門は最も歴史が古い一門とされる[2]。
1914年、2代高砂の没後、佐ノ山部屋の内弟子であった2代朝潮太郎が3代高砂を継承したことから、2代高砂の直弟子らが反発して離脱し一時的に衰退したが、丁度7代東関(横綱・太刀山峯右エ門)が廃業するのに合わせて弟子を引き取ったことで、再び隆盛を維持する。1967年、出羽海一門を破門された九重部屋の加入を認めて以降は、高砂直系と九重系の二系統がある。
一門所属年寄一覧
2026年4月1日時点
| 役職 | 親方名(太字は総帥) | 現役時代の最高位・四股名 | 所属部屋(太字は師匠) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 理事長 | 八角信芳 | 第61代横綱・北勝海 | 八角部屋 | 第13代理事長 現在理事8期目 |
| 副理事 | 若松武彦 | 前頭1・朝乃若 | 錦戸部屋 | |
| 役員待遇委員 | 九重龍二 | 大関・千代大海 | 九重部屋 | |
| 錦戸眞幸 | 関脇・水戸泉 | 錦戸部屋 | ||
| 委員 | 東関精彦 | 小結・高見盛 | 八角部屋 | |
| 高砂浦五郎 | 関脇・朝赤龍 | 高砂部屋 | ||
| 谷川英樹 | 関脇・北勝力 | 九重部屋 | ||
| 主任 | 君ヶ濱歩 | 関脇・隠岐の海 | 八角部屋 | |
| 佐ノ山憲輝 | 前頭1・千代の国 | 九重部屋 | ||
| 年寄 | 大山大輝 | 小結・北勝富士 | 八角部屋 | |
| 千田川誠 | 前頭2・德勝龍 | 錦戸部屋 | ||
| 年寄(一時的襲名) | 錦島祐樹 | 小結・千代鳳 | 九重部屋 | |
| 参与 | 陣幕哲也 | 前頭1・富士乃真 | 八角部屋 |