初代浅香山市郎右エ門から4代浅香山(元幕内・八嶌山)の時代にわたって浅香山部屋が存在していたものの、いずれの代にも関取を出せず、1927年(昭和2年)5月に4代浅香山が死去したために浅香山部屋は閉鎖された。
その後、1928年10月場所限りで引退して井筒部屋の部屋付き親方となっていた5代浅香山(元横綱・西ノ海)が、1929年5月に井筒部屋から分家独立して浅香山部屋を再興したが、1933年7月に5代浅香山が死去したために再び浅香山部屋は閉鎖され、所属力士は井筒部屋へ移籍した。その中には後の幕内・源氏山や佐渡ヶ嶌らがいた。