1978年のラジオ (日本)

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1978年のラジオ (日本)では、1978年日本ラジオ番組、その他ラジオ界の動向について記す。

主なその他ラジオ関連の出来事

  • 2月21日 - ラジオ関西ラジオ関東が独占中継する巨人ナイター中継をネットすることを発表[1]
  • 8月22日 - NHKラジオ第2放送、夜間の外国電波による混信被害軽減と難聴対策を図る為、1971年の秋田、1972年の熊本に続き、この日から札幌の同放送でも、今までの100KWから500KWに増力して、運用を開始[2]
  • 9月11日 - NHK-FM放送、東京・名古屋大阪の3局を結ぶPCMデジタル回線を開通[3]。これにより、3局間で高品質なステレオ放送の同時放送が初めて可能となる。のち、1984年までにPCM回線の全国化が完了。
  • 10月1日 - 岩手放送(現・IBC岩手放送)が開局25周年事業として「岩手百科事典」を刊行。
  • 11月23日 - この日の9時01分(協定世界時0時01分)から、国内AMラジオ局の周波数を一斉変更[4]。日本時間では、多くの放送局がこれに先立つ5時00分(協定世界時22日20時)に放送上の日付切り替え基点(放送終了と放送開始の境目)を迎えていたため、放送開始からこの9時00分までは「試験放送」の名目で先行的に周波数変更を行った[5]
    • この周波数変更は、夜間における国家間の放送混信を避けるための対策として、国際電気通信連合(ITU)の勧告に基づき、AM放送帯域内の送信チャンネルを10キロヘルツおきから9キロヘルツおきにすることによって、チャンネルを増やすためのもの。南北アメリカを除く全世界で一斉に実施された。
    • 日本短波放送、愛称を「ラジオたんぱ」に決定[5]

節目

番組周年・記念回

2000回
8月28日 - ラジオ朝市(CBCラジオ)[6]

開局周年

特別番組

3月放送

  • 22日 - ニュースネット日本列島3・22(NHKラジオ第1)

4月放送

  • 1日 - チャリティ・ラジソン(熊本放送)[7]

7月放送

  • 1日 - ラジオ大阪開局20周年記念特別番組 はたちのふれあい〜ラジオってなに?〜(ラジオ大阪)[8][9]

10月放送

  • 10日 - チャリティーキャンペーン25時間ラジソン(南日本放送)[10]
  • 22日 - きみはUFOを見たか?〜子どもの未来の詩(民放53社共同企画・48社同時放送)[10]

11月放送

  • 23日
    • スーパーバラエティ これがラジオだ!(NHKラジオ第1)[5]
    • 生放送マイ・ラジオ首都圏午後1時(文化放送制作、TBSラジオ・ニッポン放送同時ネット)[5]
    • ラジオパニック・大阪大地震〜あなたは生き残れるか?〜(MBSラジオ)[11]

開始番組

1978年1月放送開始

毎日放送

1978年4月放送開始

NHKラジオ第1放送
山形放送
茨城放送
東京放送
文化放送
ニッポン放送
大阪放送
熊本放送
民放AM各局
  • 開始日不明 - 太田裕美の公園通り一丁目[12]
日本短波放送

1978年5月放送開始

青森放送
エフエム東京

1978年6月放送開始

エフエム東京
  • 4日 - 翔べ光の中へ[12]

1978年10月放送開始

東京放送
文化放送
ニッポン放送
静岡放送
東海ラジオ放送
毎日放送
大阪放送
エフエム東京

1978年11月放送開始

NHKラジオ第1放送
NHK-FM放送

開始日不明

エフエム大阪
極東放送

終了番組

脚注

参考文献

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