2011年愛知県知事選挙
From Wikipedia, the free encyclopedia
名古屋トリプル選挙
現職の神田真秋の任期満了に伴う知事選挙。現職の神田は自民党から4選に向けた出馬の要請があった[1]が前年9月に不出馬を表明[2]。知事としての3期12年の任期を終え、12年ぶりに県のリーダーが交代する選挙となった。
最も早く候補を擁立したのは当時の政権与党の民主党で、候補には同党衆議院議員の石田芳弘やIT関連会社社長の藤原洋などの名が挙がったが、同党県議団の投票で、総務省大臣官房審議官などを務めた愛知東邦大学教授の御園慎一郎が選出され、党推薦で擁立することを決定した[3]。次に医師の薬師寺道代がみんなの党公認で立候補する意向を表明した[4]。
自民党は上記にもあるように、いったんは現職の神田に出馬を要請したが、神田が不出馬を表明したため候補者選考を急いだ。党が出馬を打診したのは内閣府行政刷新会議事務局参事官補佐の重徳和彦で、その後無所属(自民党支援)での出馬を表明した[5]。共産党からも土井敏彦が党推薦で立候補を表明した[6]。
ここで割り込んできたのが自民党衆議院議員の大村秀章で、名古屋市長の河村たかしの強い要請を受け立候補を模索していると報じられた[7]。所属する自民党からは驚きや戸惑いの声が上がり、党から立候補を強く慰留されたものの大村はそれを断り[8]、同党からの離党と知事選への鞍替え出馬を表明し[9]、河村との全面協力で知事選に臨んだ。自民党は離党届を受理せず、「県連による候補者選考の際には手を挙げず、独自候補擁立が決定した後に出馬表明するのは反党行為」(山東昭子党紀委員長)として除名処分を決定した[10]。
この他、社民党と国民新党が御園を推薦[11]。公明党愛知県本部と河村が率いる地域政党・減税日本が大村を推薦した[12]。
更に、県医師連と県薬剤師連が御園・重徳・大村の3氏を、県歯科医師連が御園をそれぞれ支援することを決定。県農政連(JA)は自主投票とした[13]。
最終的に、新人5人が立候補し、知事選では実に1951年以来60年ぶりに5人以上が出馬する乱戦となった[14]。
東日本大震災発生前では最後の大型選挙となった。
県都・名古屋市では、市長を務めていた河村たかしが、公約に掲げていた「市民税の恒久減税」を議会に阻まれたとして議会解散のリコール運動に出た一方で、自らも市民の信を問うとして職を辞したことから、結果的に市長選挙と市議会解散の是非を問う住民投票が、この選挙と併せて行われることとなった。
選挙データ
立候補者
5名、届け出順[16]
| 候補者名(読み) | 年齢 | 党派 | 肩書き |
|---|---|---|---|
| 大村秀章 (おおむら ひであき) | 50 | 無所属 (公明党愛知県本部 支持・減税日本 推薦) | 無職、元自民党衆議院議員 |
| 重徳和彦 (しげとく かずひこ) | 40 | 無所属 (自民党愛知県連 推薦) | 無職、元内閣府行政刷新会議事務局参事官補佐 |
| 御園慎一郎 (みその しんいちろう) | 57 | 無所属 (民主党、社民党、国民新党 推薦) | 学校法人東邦学園理事、愛知東邦大学教授、元総務省大臣官房審議官 |
| 土井敏彦 (どい としひこ) | 64 | 無所属 (共産党 推薦) | 医師 |
| 薬師寺道代 (やくしじ みちよ) | 46 | みんなの党 | 医師、元同党愛知県支部長 |
選挙のタイムライン
- 2010年
- 9月16日
- 9月21日 - 民主党愛知県連が候補者選考投票を行い、御園慎一郎を党推薦で擁立することを決定[3]。
- 10月3日 - 薬師寺道代が名古屋市内で会見を開き、みんなの党からの知事選出馬を表明[4]。
- 10月13日 - 重徳和彦は中日新聞の取材に対し、自民党愛知県連から出馬を打診されたことを明らかにした[17]。
- 10月14日
- 10月15日
- 10月16日 - 自民党愛知県連は重徳に正式に出馬要請[20]。
- 10月18日 - 自民党愛知県連は重徳の擁立を会見で発表[21]。その後、同党からの推薦を断り、無所属ので出馬の意向を固めたため、同党は重徳を支援するという形をとった[5](最終的に、自民党愛知県県連の推薦は得られた[22]。)。
- 10月20日 - 連合愛知は執行委員会を開き、御園の推薦を決定[23]
- 12月3日 - 大村は自民党に離党届を提出[24]。
- 12月4日 - 愛知県内の労働団体や共産党などでつくる「革新県政の会」が、名古屋市内で臨時総会を開き、土井を共産党推薦で擁立することを決定[6]。
- 12月6日 - 大村は県庁で記者会見を開き、正式に出馬を表明[9]。
- 12月8日 - 自民党の党紀委員会は大村の離党届を受理せず除名とする処分を決定[25]。
- 12月22日 - 公明党は大村を県本部支持とすることを決定[12]。
- 2011年
