山東昭子
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| 山東 昭子 さんとう あきこ | |
|---|---|
|
総務省より公表された肖像 | |
| 生年月日 | 1942年5月11日(83歳) |
| 出生地 |
(現・東京都世田谷区) |
| 出身校 | 文化学院文学部文学科卒業[1][2] |
| 前職 | 女優・タレント |
| 所属政党 | 自由民主党(田中派→竹下派[3]→山東派→麻生派) |
| 称号 |
レジオンドヌール勲章シュヴァリエ 国家功労勲章グラントフィシェ ルネサンス・フランセーズ 栄誉賞 ソムリエ・ドヌール |
| 親族 | 大叔父・児玉亮太郎(衆議院議員) |
| 公式サイト | 山東昭子ホームページ |
| 在任期間 | 2019年8月1日[4] - 2022年8月3日[4] |
| 天皇 | 今上天皇(徳仁) |
| 在任期間 | 2007年8月7日 - 2010年7月30日 |
| 参議院議長 | 江田五月 |
| 内閣 | 第2次海部改造内閣 |
| 在任期間 | 1990年12月29日 - 1991年11月5日 |
| 選挙区 |
(全国区→) 比例区 |
| 当選回数 | 8回 |
| 在任期間 |
1974年7月7日 - 1992年7月7日 1995年8月25日 - 1996年10月2日 2001年7月29日 - 2025年7月28日 |
山東 昭子(さんとう あきこ、1942年〈昭和17年〉5月11日[1][5] - )は、日本の政治家、女優、声優、テレビタレント。
参議院議員(8期)、参議院議長(第32代)、参議院副議長(第27代)、科学技術庁長官(第2次海部改造内閣)、環境政務次官(第1次大平内閣・第2次大平内閣)、参議院外務委員長、同内閣委員長、自由民主党両院議員総会長、同党紀委員長、番町政策研究所(山東派)会長を歴任した[6][7]。
参議院議員選挙での8回当選は史上最多で[8]、女性として初めて自由民主党の派閥の会長を務めた[6]。衆参両院を通じて、女性で初めて議長・副議長の両方を歴任した。
参議院議員に初当選


作曲家・團伊玖磨の紹介で11歳でラジオ東京(現在のTBSラジオ)の子供番組の司会として芸能界入り[1]。15歳でラジオドラマ「赤胴鈴之助」のナレーターを務める[1]。16歳で東映と専属契約を結び、「旗本退屈男 謎の蛇姫屋敷」で北大路欣也の相手役として映画デビュー。その後、高倉健とコンビで「太郎シリーズ」等に出演する[1]。
19歳でフリーとなり、テレビにも進出。美貌と頭の回転の速さを活かしてドラマだけでなく司会業にも力を入れる[1][9]。テレビ番組『クイズタイムショック』では5週連続で勝ち抜き、「クイズの女王」と呼ばれた[10]。また『スパイ大作戦』や『女刑事ペパー』などの日本語吹き替えで声優としても活動した[11]。
1974年、当時の内閣総理大臣・田中角栄に請われ第10回参議院議員通常選挙に全国区から自由民主党公認で立候補[1]。約125万票を得て32歳の最年少参議院議員として初当選[10]。1980年(全国区)、1986年(比例区)の参院選でも再選される。

1990年12月、第2次海部改造内閣で科学技術庁長官に任命され、史上6人目の女性閣僚として初入閣[10]。
1992年の参院選では比例名簿順位を下位とされたため落選。1995年、田辺哲夫の死去に伴い3年ぶりに繰上当選するが、翌1996年に参議院議員を辞職し同年の第41回衆議院議員総選挙に神奈川県第6区から立候補するも落選。
その後、2001年の参院選で比例区から出馬し5年ぶりに返り咲き、2007年、2013年、2019年と連続当選する。
2007年、第21回参議院議員通常選挙で自民党が大敗し第2党となったため同党から副議長を出すことになり、第167回国会で女性では初の参議院副議長に就任した[12][13]。副議長就任に伴い、自民党会派を離脱。
2012年、参議院日仏友好議員連盟会長を務める等のフランスとの友好関係を重視する活動が評価され、フランス共和国レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章した[14]。
2015年4月、番町政策研究所(山東派)会長就任[6]。なお、参議院議員としての派閥領袖は村上正邦(政策科学研究所及び志帥会)に次いで2人目である。
2017年7月、番町政策研究所が為公会(麻生派)などと合流し志公会が発足。会長代行に就任する[15]。
同年、派内に上公会(参議院麻生派)を結成、会長に就任する。細田、額賀、岸田3派が主導権を握る参議院自民党での新・麻生派の存在感を高める狙いといわれる[16]。
2019年7月、第25回参議院議員通常選挙で参議院史上初の8期目の当選を果たす。
2019年8月1日に召集された第199臨時国会において、満票で第32代参議院議長に選出された。 史上23人目、女性としては扇千景(林寛子)以来2人目の参議院議長となり、正副議長の両方を歴任するのは衆参両院を通じて女性初となる[17]。議長就任に伴い自民党会派を離脱して無所属となり、派閥(麻生派)からも離れた。

2022年10月、議長退任に伴い自民党会派に復帰。同時に志公会にも復帰し、同派の顧問に就任した。
2024年8月、翌2025年7月に改選を迎える第27回参議院議員通常選挙の自民党比例区候補として公認が内定した。改選時は83歳となり既に70歳を超過しているため、党内規の比例定年の対象ではあるが「総裁が国家的有為な人材と認めた者」として、2013年・2019年に続く特例での公認内定となった。[18][19]。
2025年7月の参院選の結果126,381票を獲得し自民党候補31人中15位となったが、同党が歴史的大敗の結果12議席しか確保できず落選。自身の最多当選記録を塗り替える参議院で9度目の当選は果たせなかった[20]。
政界引退後
2026年2月19日、同年3月の舞台劇への出演が発表され、52年ぶりの女優復帰と報じられた[21]。
略歴

- 1974年 - 参議院議員に初当選
- 1978年 - 環境政務次官(第1次大平内閣)
- 1979年 - 環境政務次官(第2次大平内閣)
- 1983年 - 自民党環境部会長(~1986年)
- 1984年 - 自民党婦人局長(~1986年)
- 1987年 - 参議院環境特別委員長
- 1989年 - 参議院外務委員長
- 1990年 - 国務大臣科学技術庁長官(第2次海部改造内閣)
- 2004年 - 自民党両院議員総会長(~2007年)
- 2004年 - 自民党食育調査会長(~2025年)
- 2006年 - 参議院議員在職25年の永年勤続表彰
- 2007年 - 参議院副議長(~2010年)
- 2010年 - 自民党党紀委員長(~2019年)
- 2013年 - 参議院内閣委員長
- 2019年 - 参議院議長(~2022年)
活動
- 1987年、参議院環境特別委員長を務めていた時、ゴルフ番組「ゴルフだよ人生は」(テレビ東京)の収録で公害健康被害補償法に関する本会議を欠席したことが問題となり、2か月で委員長辞任に追い込まれた[22]。
- 2005年、自由民主党食育調査会長として、議員立法「食育基本法」を制定した。
- 自民党両院議員総会長として出席した2007年6月5日の自民党役員連絡会で、年金記録不備問題における柳澤伯夫厚生労働大臣の国会答弁について「うわべだけで心がこもってない」「国民が(テレビなどで)見ているので改めるべきだ」などと一喝した[23]。
- 正副議長は不測の事態に備え国会会期中の国外渡航は自粛が慣例だったが、2008年1月、国会が年始で自然休会状態ではあったものの、ダニエル・イノウエ上院議員との会談のためハワイ州ホノルルへの個人渡航を参議院議院運営委員会に対し申請し、物議を醸した[24]。
- 2008年、参議院本会議で、未婚の日本人父親と外国人母親との間に生まれた子供が後に認知されれば日本国籍を取得できるようになる国籍法改正案の採決を棄権した[25]。
- 2008年1月、ねじれ国会における与野党の激しい攻防の中、河野洋平・横路孝弘衆院正副議長、江田五月参院議長とともに国会正常化に向けて、衆参正副議長・与野党幹事長会談を行う[26]。
- 2010年12月、党紀委員長として、大村秀章衆院議員(現愛知県知事)の自民党除名処分を決定した。翌年の愛知県知事選に自民党の候補者に対抗する形で同氏が河村たかし名古屋市長と連携して出馬表明したことを受けて、「県連による候補者選考の際には手を挙げず、独自候補擁立が決定した後に出馬表明するのは反党行為」と離党届を受理せず除名としたもの。これに対し菅義偉、河野太郎ら同期当選組から反発する声があがり、大村の応援に入った菅は演説で「大村氏は愛知の自民党を応援し続けると約束した」と除名の不当性を強調するも、当の大村が知事就任後の同年4月に行われた衆議院愛知6区補選で自民党公認の丹羽秀樹ではなく別の候補者を支援したため、党本部は態度を硬直化。大村が提出していた再審査請求も却下され、除名が確定した[27][28]。
- 2012年4月に発表された東京都による尖閣諸島購入構想では、水面下で石原慎太郎東京都知事と地権者の男性との半年にわたる極秘会談を仲介した。青年会議所の活動を通じて30年来の親交があった地権者から「国を守るために所有し続けてきたが、個人で守っていくのは限界がある」「政府に買い上げてもらいたいが、今の政府は信用できない」などと今後の対応について相談を受けた山東は2011年9月以降、政治信条を同じくする石原と地権者との三者で数回にわたり会談。その結果、地権者が売却を決意し、石原が訪問先のワシントンで発表した[29][30][31]。→「尖閣諸島国有化」も参照
- 2013年の第23回参議院議員通常選挙の比例区で、自民党から比例代表70歳定年制の例外として公認を受けた。同党は内規を厳格に適用し、扇千景や小野清子、2007年の参院選で落選した片山虎之助、2009年の衆院選で落選した山崎拓らも公認を認められなかったが、71歳となる山東は実績などを考慮して特例とされた[32]。又2019年の第25回参議院議員通常選挙でも、任期満了時点で77歳であったが、他の7名[注釈 1]と一緒に特例公認された(前回に続き異例の2回連続での特例公認となる)[33]。
- 2013年12月、内閣委員会における国家戦略特区法案の審議が野党出身の委員長の下で進まないことから与党が委員長をすげ替える異例の事態となり、民主党の水岡俊一に代わって委員長に選任される。同法の採決後、約1ヶ月で退任する(後任は水岡俊一)[34]。
- 2015年に自民党受動喫煙防止議員連盟会長として、2020年東京オリンピック・パラリンピックまでにたばこの受動喫煙防止を進めようと、公共空間での受動喫煙防止策を義務付ける「受動喫煙防止法」の骨子案をまとめた[35]。また、2017年には厚生労働省が発表した飲食店などの建物内を原則禁煙とする健康増進法改正案に賛成している[36]。
- 2015年、衆議院憲法審査会で、自民党推薦の参考人長谷部恭男早稲田大教授が政府提出の平和安全法制を違憲と批判する異例の事態が起きた際、山東は「誰も責任を取らず、ただ曖昧にお茶を濁すという問題ではない。今後の国会運営への影響を危惧する」と指摘。果たして憲法審議は停滞し、与党側責任者の船田元同審査会幹事・自民党憲法改正推進本部長に批判が高まり、同年10月には同役職を実質的に更迭されることとなった[37][38][39]。
- 2016年の相模原障害者施設殺傷事件を受けて、犯罪予告者や再犯率が高い性犯罪の前歴者などに対して、GPSを埋め込むようなことも含めた法整備の議論をすべきとの考えを示した[40][41][42][43]。
- 2019年9月、天皇在位中の明仁(現上皇)を「戦争犯罪の主犯の息子」と呼び「慰安婦問題の解決には天皇の謝罪が必要」などと語った韓国国会議長文喜相の発言について、南官杓駐日大使に「甚だしく無礼で、受け入れられない」と抗議を行った。その後、同議長から書簡が届いたものの内容が不十分として改めて発言の撤回と謝罪を求める書簡を送付。11月に東京で開催されるG20国会議長会議には文議長も招待したものの、韓国側からの個別会談の要望にはその環境にないとして応じなかった[44][45]。
- 2019年10月、第126代天皇の即位礼正殿の儀に際し、皇族以外の女性で初めて皇居松の間で侍立する任に就いた。
- 2021年6月、台湾のWHOへの出席を認める決議を初めて参議院本会議で採択した。これは、WHOの年次総会に台湾の出席が中国の反対により認められなかったことに関し、「国際的防疫網を構築する上で、地理的な空白を埋めるとともに感染対策で成果を上げる台湾の知見を共有することが欠かせない」として、次回より台湾がオブザーバー参加できるよう各国に求めると共に政府にも各国に強く働きかけるよう求めるもの。尚、衆議院ではこのような決議は採択に至っていない[46][47]。
- 2023年6月、参議院本会議において、性的少数者への理解増進法(LGBT法)に賛成との党議拘束に反し採決の際に退席した。その際「(性的少数者に対し)差別の意識はないが、やはり区別は必要。」「これまで女性トイレなどでなりすましによる犯罪も起きた。この法案が通り、何でも受け入れるのが当たり前だという風潮になったら由々しき問題だ」等と指摘。後日、この党議拘束違反に対しては参議院自民党関口議員会長、世耕幹事長より厳重注意がなされた[48][49][50]。
- 2023年12月10日、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領就任式典に、特派大使として派遣される[51]。
家族
役職
- 学校法人杉並学院 理事長
- 皇室の伝統を守る国民の会 会長
- 公益財団法人聴覚障害者教育福祉協会 会長
- 公益財団法人日本健康・栄養食品協会 会長
- 公益社団法人日本プロテニス協会 会長
- NPO法人日本ネイリスト協会 名誉会長
- NPO法人地球こどもクラブ 会長
- NPO法人富士山世界遺産国民会議 会長
- NPO法人日本てまり文化振興協会 理事長
- 東京コミックコンベンション 名誉実行委員長
- 公益財団法人日本炊飯協会 理事
- 公益財団法人日本食生活協会 顧問
- 一般社団法人環境保全協会 顧問
- 一般財団法人日本演奏家協会 顧問
- 公益社団法人日本スカッシュ協会 顧問
- 公益社団法人全国建築物飲料水管理協会 名誉顧問
- 日本俳優連合 特別顧問
選挙歴
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 | 政党内比例順位 /政党当選者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 第10回参議院議員通常選挙 | 1974年 7月 7日 | 32 | 参議院全国区 | 自由民主党 | 125万6724票 | ーー | 50 | 5/112 | |
| 当 | 第12回参議院議員通常選挙 | 1980年 6月22日 | 38 | 参議院全国区 | 自由民主党 | 150万8617票 | ーー | 50 | 6/93 | |
| 当 | 第14回参議院議員通常選挙 | 1986年 7月 6日 | 44 | 参議院比例区 | 自由民主党 | ーー | ーー | 50 | 15/25 | 15/22 |
| 繰当 | 第16回参議院議員通常選挙 | 1992年 7月26日 | 50 | 参議院比例区 | 自由民主党 | ーー | ーー | 50 | 21/27 | 21/19 |
| 落 | 第41回衆議院議員総選挙 | 1996年10月20日 | 54 | 神奈川県第6区 | 自由民主党 | 5万0411票 | 25.90% | 1 | 3/5 | 11/7 |
| 当 | 第19回参議院議員通常選挙 | 2001年 7月29日 | 59 | 参議院比例区 | 自由民主党 | 14万7568票 | ーー | 48 | 17/27 | 17/20 |
| 当 | 第21回参議院議員通常選挙 | 2007年 7月29日 | 65 | 参議院比例区 | 自由民主党 | 20万3324票 | ーー | 48 | 12/35 | 12/14 |
| 当 | 第23回参議院議員通常選挙 | 2013年 7月21日 | 71 | 参議院比例区 | 自由民主党 | 20万5779票 | ーー | 48 | 9/29 | 9/18 |
| 当 | 第25回参議院議員通常選挙 | 2019年 7月21日 | 77 | 参議院比例区 | 自由民主党 | 13万3645票 | ーー | 50 | 18/33 | 18/19 |
| 落 | 第27回参議院議員通常選挙 | 2025年 7月20日 | 83 | 参議院比例区 | 自由民主党 | 12万6381票 | ーー | 50 | 15/31 | 15/12 |