2026年ネパール洪水
2026年に中国とネパールで発生した洪水
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2026年ネパール洪水(2026ねんネパールこうずい)は、2026年8月26日朝(現地時間)、ネパールを流れるトリシュリ川[3](別名:ボテコシ川[注 2])上流域の沿岸72 kmの区間[4]で発生した大規模な鉄砲水と土石流である。原因となった地質学的事象は、ヒマラヤ山脈のランタン・リルン山で発生した氷河崩壊と考えられており、世界各地の地震計でMs 5.2に達する揺れが観測された[5][6]。
Ms 5.2の地震から7分後、中国・ネパール国境の検問所を襲った洪水(中国側から撮影)。 | |
赤:土石流発生地点と被害範囲(更新中)、薄青右:レンデ川、薄青左:ボテコシ川、青:トリシュリ川 | |
| 日付 | 2026年8月26日朝(現地時間、日本時間同日 昼) |
|---|---|
| 場所 | |
| 座標 | 北緯28.3度 東経85.5度[1][2] |
| 種別 | 氷雪崩または氷河崩壊 |
| 原因 | 調査中 |
| 死者 | 1200人以上(2026年9月3日時点) |
| 行方不明者 | 5400人以上[注 1](2026年9月3日時点) |
| 物的損害 | 水力発電施設、住宅、橋、道路、ダム、企業、および政府機関 |
日本での報道では「ネパール土石流」[7]、中華人民共和国側の被害地域も合わせた「ネパール・中国土石流」の表記を用いる場合もある[8]。また、英語圏の報道では「ネパール・チベット洪水」(英語: Nepal-Tibet flood)との表記も見られる[9]。
概要
鉄砲水や土砂崩れが人口密集地を襲い、ネパールのラスワ郡[10]およびダーディン郡[11]、ヌワコート郡の数十の集落のほか、中国=ネパール国境のキドン国境検問所(吉隆口岸)が完全に破壊された。
- 被災前のキドン国境検問所合同検査ビル(ネパール側から撮影 2019年)
ネパールと中国では地元住民や観光客を中心に大きな人的被害が出ており[12]、ネパールとの国境から70 km下流にあるインド北部のウッタル・プラデーシュ州内においても、被害者とみられる遺体が7体発見されている[13]。
現地周辺には学術研究や海外協力で訪れている日本人がおり、事故発生前にカトマンズで開催された『国際チベット学会』に出席するためチベットから陸路でネパール入りした言語学者の星泉(東京外国語大学教授)と文化人類学者の別所裕介(駒澤大学教授)が帰路の途中、車が高台から川辺に下る手前で難を逃れたという[14]。
また日本人被害の可能性として、ツアーに参加して中国からネパールに入ろうとしていた大阪府立学校の教員とみられる男性とその家族の5人の行方不明が伝えられている[15][16]。
背景
地理と歴史
トリシュリ川は、中国のチベット自治区シガツェ市キドン県に源を発するレンデ・コーラ(コーラはネパール語で川、別名:レンデ川、チベット語ではドンリン・ツァンポ)と合流した後にネパールへ流入する。その後、ドゥンチェの傍を流れ、その下流でトリシュリ川の水系を形成する[17][18]。
今回の鉄砲水と泥流は、ネパールのラスワ郡と中国のシガツェ市キドン県を結ぶ戦略的に重要な国境検問所であるキドン国境検問所で発生した。この検問所は、貿易や観光による日々の往来が盛んであり、特にボン教、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教、シーク教の聖地であるカイラス山への巡礼ツアーのルートとして重要な役割を担っていた[19]。中国メディアの報道によれば、災害発生時までキドン国境検問所はネパール・中国間の貿易額の30%を占めており、2026年前半だけで10万人以上がこの検問所を通過していた[20]。
1900年以降、ネパールと中国の国境付近では数十回もの洪水が発生している[21]。2026年の土砂崩れの現場近くにあるランタン・リルンでは、2015年4月と5月に発生したネパール地震によって、大規模な氷河崩壊と岩石雪崩が発生した。このランタン谷における土砂崩れは、複数の村を破壊し、350人以上が死亡した[22]。また、2025年7月には氷河湖の決壊によって国境検問所の橋が流失したばかりであった[23][24]。
衛星画像の解析によると、ランタン・リルンの氷河は2026年1月8日から8月18日にかけて月あたり約10 mm 動いていたが、氷河崩壊の数週間前から移動速度が加速していたことが分かった[25][26] 。
気候変動
気候変動(地球温暖化)は永久凍土の融解を引き起こし、結果として氷河崩壊の可能性を高めていることが指摘されている[27]。コロラド大学の北極・高山研究所のアルトン・C・バイヤーズ上席研究員は、「永久凍土は数千年に亘り、岩石や氷、氷河を一つに繋ぎ止める『雪氷圏の接着剤』であった。しかし今、温暖化の傾向によってそれが弱まっていることを示す証拠が次々と見つかっている」と述べた[21]。
一部の科学者は、より直接的な原因を指摘し、この洪水を気候変動と直接結びつけていない[21]。しかし、気候変動が洪水の発生確率を高めた可能性が高いと指摘する科学者もいる[28][29][30][31]。ネパールのシシル・カナル外相は、気候変動に対する国際的な取り組みを強化するよう訴えた上で、ネパールは気候変動による影響を不当に大きく被っていると述べた[32]。
洪水警報・早期警戒システム
災害発生当時、中国とネパールの科学者らは長年に亘り鉄砲水に関する早期警戒システムを運用してきており、サウスチャイナ・モーニング・ポスト(南華早報)は、このシステムが常に死傷者を防いできたと評価していた[33]。しかし、水位監視装置がモンスーンや恒常的な河川の増水による洪水の検知に最適化されていたため、2026年8月に発生した洪水を適時に検知することができなかった[34]。ネパール側の上流監視観測所は、警報が送信される前に洪水によって押し流されてしまった[35]。アメリカのシンクタンクスティムソン・センターの上席研究員は、被災地域は地質学者らからほとんど注目されていなかった監視の「盲点」になっていたと指摘した[34]。
2025年の洪水の後、キドン県の中国当局は、新たな氷河湖決壊洪水に備えて一連の対策を講じていた。地方政府は緊急計画を改定し、水位変動の監視員を設置したほか、新しい防水壁、堤防、水路などの治水施設を建設した。さらに、地元職員に対して氷河湖決壊洪水対策訓練を実施し、村民の緊急避難訓練も実施された。しかし、今回の洪水はこのシステムが想定していたものとは異なる原因で発生し、わずか数分でこれらの防御策は機能不全に陥った[36]。
この事象はネパール時間8時37分頃に始まった。午前9時00分にラスワ郡の行政官からネパール水文気象局に洪水の通報があったが、その時点ですでに複数の通信塔が破壊されていたため、戸別訪問で警報が伝えられた[37]。最初のテキストアラート (SMS) は9時15分までに送信され、1分以内に679,295件の警報メッセージが配信された[38]。
発生原因

発生当初、天候は晴天であったため、当局は洪水の明確な原因の特定には至っていない。ネパールのシシル・カナル外相は当初、地震によって雪崩が惹き起こされ、これが洪水の原因になったと発表していた[39]。しかし、その後のアメリカ地質調査所 (USGS) による分析では、地震波は崩壊に先行するものではなく、崩壊によって生じたものであることが示され、地殻変動の地震ではないことが判明した[40]。また、その他の初期の分析では、氷河湖決壊洪水の可能性が疑われていた[41][42]。
2026年8月26日02:52 UTC(ネパール標準時 08:37、中国標準時 10:52)、ランタン国立公園のランタン・リルン北側を震央とするMs 5.2の地震が発生したが[43]、USGSによる長周期地震波の分析では、これが地震ではなく氷河の崩壊と一致することが明らかにされた[44]。ドイツ・ポツダムのGFZヘルムホルツ地球科学研究センターでも、USGSと同一時刻の地滑りと一致するMw 5.7の地震を観測した[1]。
さらにUSGSは、低周波地震波の分析により、最初の地震の3時間後に2回目の地滑りを観測した。この2回目の地滑りは、Ms 4.2の地震として観測された[45]。

地震の7分後、監視カメラ[46][47][48]が洪水が吉隆口岸の国境検問所を破壊する様子を捉えていた[49][50]。この洪水の規模と速度は極めて激しく、地形学者らの有力な仮説では、無名の氷河の崩落部分が数百メートル下方へ落下し[51]、その衝突時の速度と摩擦熱で融解したものと考えられている。その後、その融雪水と巨石は氷河の下にある渓谷を押し流したとされる[52][53]。
地震波が検出された直後から、大量の水が流出している兆候が見られた。研究者らは、ほぼ同時に発生したこれら2つのシグナルの組み合わせと、初期の衛星画像の分析により、カトマンズの北約64 km、洪水が最初に確認された場所から東に約15 km に位置する幅600 m の氷河が1,200 m 落下した可能性があるという結論に達した[28][54]。これは氷河崩壊(氷崩、氷雪崩)として知られる現象である[55]。その後、衛星画像を分析したカナダ・カルガリー大学の地質学者ダニエル・シュガーは、標高約5.2 km の地点から、0.2 km2 の氷と岩の塊が剥がれ、約1.2 km下の谷底に激突したと推定した[56][57]。
衛星画像と地震学のデータによりランタン・リルン付近で氷河の崩壊が起きたことが確認されており[58]、この崩壊自体は地殻の隆起による不安定化と気候温暖化がもたらした結果である可能性が高い[59]。氷河湖決壊洪水と比較すると、この地域において氷河崩壊による洪水は発生頻度は低いものの、より破壊的である[60]。崩落した氷河は、標高5,200〜5,400 mの場所を起点とし[61]、その規模は約1億〜2億 m3に達したとみられる[62]。土石流は、北西方向へ進み、西へと進路を変え[28]、約100 km 下流まで流下した[63]
二度目の洪水リスク
氷河の崩壊に伴い、2つの堰止湖が形成されている[64]。8月27日、中国当局はチョチェン・コーラ(チョチェン川)とプレプ・ツァンポ川の合流点付近(北緯28度19分52.8秒 東経85度29分08.5秒)に、貯水量2,000,000 m3の堰止湖が1つが形成され、8月30日までにさらに3,000,000 m3の水の流入が予想されるため、決壊の可能性が高いと警告した[65]。この堰止湖は8月28日にわずかにオーバーフローし、これを受けて中国当局は救助活動を一時中断し、さらなる洪水の危険性について警告を発した[66][67]。その後、堰止湖の水は徐々に排出され、8月30日までにほぼ空となった[32]。もう1つの堰止湖は、氷河が崩壊した場所の近くの高い位置に形成された[68]。上流での水流の増加を報告したことを受け、中国当局は8月30日に洪水警報を発令した[32]。
死傷者
9月5日時点で、ネパール国内では少なくとも1,357人が死亡[69]、6,827人が負傷[69]、5,326人が行方不明となっている[69]。行方不明者のうち590人は39カ国からの外国人であった[70]。9月1日の保健省の発表によると、発見された約900体の遺体のうち、身元が判明したのはわずか4%にとどまっている[71]。9月2日、国家防災管理庁 (NDRRMA) は、この洪水による被災者数が160万人近くに達すると発表した[72]。
9月6日時点で、チベットでは43人が死亡、519人が行方不明となっている[73]。チベットでの行方不明者には、23カ国の外国人261人が含まれており[74]、そのうち104人はネパール国籍であった[75] 。
9月2日時点の行方不明者には、ネパール国内の水力発電プロジェクトに従事していた900人以上の作業員が含まれている[76]。行方不明者のうち、インド国籍が288人、ネパールの観光客が127人、アメリカ国籍が75人[77]、ウクライナ国籍が53人、マレーシア国籍が51人、オーストラリア国籍が38人であるとみられている[70]。8月26日には、イギリス国籍の33人が行方不明になっていると報じられた[78][79]。中国外交部は、ネパールに滞在していた約100人の中国人が行方不明であると発表した[40][80]。8月27日、オーストラリアの外務大臣は行方不明者のうち少なくとも34人は巡礼者であったと述べた[40][81]。また、鉄砲水の発生時、チベットへ向かっていた19の国籍からなるイシャ・ファウンデーション(イシャ財団)の巡礼者グループ77人が吉隆口岸に滞在していた[82]。8月29日、カナダ政府はカナダ人32人が行方不明であると発表した[83]。韓国外交部は、水力発電所の建設現場で働いていた韓国人9人が行方不明になったと報告した[84]。ラトビア外務省は8月29日、ラトビア人33人が行方不明になっていると報告した[85][86]。
地方自治体の議員8人、地方公務員32人、教員11人[87]、警察官28人、武装警察部隊隊員13人、ネパール軍44人、税関職員15人、出入国管理職4人を含む、少なくとも147人の政府関係者が行方不明であると報告された[88]。また、約622人の学生の安否も不明となっている[89]。さらに、貿易および運輸関連の労働者約300人が行方不明と報告された[90]。12箇所の水力発電プロジェクトに関わる900人が行方不明となり、そのうち500人がトンネル内に閉じ込められているとみられた[91]。アッパー・トリシュリ1水力発電プロジェクトでは、少なくとも576人の作業員が行方不明と報告され、そのうち約300人が同プロジェクトのトンネル内に閉じ込められた[92]。9月7日、ネパール軍は被害を受けた水力発電所のトンネル内に121人が閉じ込められているとの見解を示した[93]。
国際赤十字赤新月社連盟は、9万3,000人が洪水による影響を受けたと推定し[94]、国際連合は、6万5,000人が緊急の水・衛生資材を必要としていると推定している[92]。国連報道官のステファン・デュジャリックは、5歳未満の約2,600人が重度の消耗症に対する治療を必要としており、1万500人の妊産婦および授乳婦が栄養支援を必要としていると述べた[92]。国際連合児童基金 (UNICEF) は、1万7,000人の子どもが洪水の影響を受けたと推定した[95]。UNウィメンは、15万7,050人の女性および女児が洪水の影響を受け、4万3,000人の女性および女児が人道支援を必要としていると推定した[96]。
一部の犠牲者の遺体は240 km 先まで流され[97]、ネパールのナワルパラーシ郡や[98]、インドのウッタル・プラデーシュ州のクシーナガル県およびマハーラージガンジ県といった遠くの下流地域からも遺体が収容された[99]。
被害
発生した土砂(崩落した岩石や氷の破片)は、約50 m/s (180 km/h) で移動したと推定される[100]。衛星画像の分析によると、洪水で生じた変色は、発生源から約7 km 離れた谷で標高800 m の高さまで達していたことが示唆されている[101]。洪水発生後、主な被災地域には1.5 m 以上の泥が堆積した[102]。国際連合開発計画の試算によると、洪水により建築物の瓦礫55万6,200トンを含む、計220万トンの土砂や廃棄物が発生した[103]。
洪水による水位上昇は、川の通常水位から最大で80メートルの高さにある集落にまで達した[104]。
ネパール
ネパールでは、住宅地や道路を含むインフラが広範囲にわたる甚大な被害を受けた[105][106]。洪水による影響は、ラスワ郡、ヌワコート郡、ダーディン郡、ゴルカ郡、チトワン郡の各郡に及んだ[107]。約8,317棟の家屋が全壊し[108]、48棟の政府関連施設、7箇所の医療施設が破壊された[109]。ヌワコート郡では、ティムレ、ドゥンチェ、マイルン、シャブルベシ、ベトラワティ、トリシュリ、デヴィガートなどの地域が洪水の被害を受けた[104][106][110]。ネパール政府による暫定推計では、この洪水による被害総額は3,875億ネパール・ルピー(約25.6億米ドル)に上ると報告されている[111]。
ビジャヤ・ジャイシネパール道路局長は、道路および橋梁インフラ被害が30億ルピーに達し[112]、吊り橋68基、車道橋33基、および55 kmに及ぶ道路が被災したと報告した[109]。ネパール政府は、このうち33基の吊り橋については修復不能と判断した[113]。2025年ネパール洪水の被害で復旧工事中だったシャブルベシからラスワ・ガディまでの区間のトリシュリ回廊(国道42号線、NH42)はさらに被害を受けた[114]。また、トリシュリ・バザールに接続する橋が流失した[115]。プリトビ・ハイウェイのバイレニからムグリングまでの区間は8月28日まで通行止めとなり[116]、ムグリングからカトマンズの別の区間も、トリシュリ川の浸食により通行止となった[117]。
約1,806ヘクタールの農地が被災し[118]、多数の家畜が死亡した[119]。4箇所の洪水観測所が破壊され[38][120]、少なくとも3つの村から約1,200人が避難を余儀なくされている[40]。ゴサイクンダ農村型自治体とウッタルガヤ農村型自治体では役場が流失した[121]。スワルニム・ワグレ財務大臣は、暫定復興費用が7,620億ネパール・ルピー(約50億米ドル)に達すると試算した[122]。
ラスワ郡、ヌワコート郡、ダーディン郡では少なくとも23校の学校が被災し、7,000人以上の学生に影響が及んだ[123]。ラスワ・ガディの税関事務所が破壊され[104]、税関事務所に並んでいた300台以上の車両が流失した[124]。さらに、ネパールへ輸出される予定であった約1,000台の電気自動車や部品を積んだコンテナも流失した[125]。洪水発生時、税関の敷地内にあった推定100個から200個の輸送コンテナは行方不明になったとみられている[90]。通信インフラ面では、ネパール・テレコムは120基の電波塔が影響を受けたと発表したほか、Ncellは78基の電波塔が影響を受け[109]、損失額は9,000万ルピー以上になると報告した[126]。
電力インフラ
発電、送電、および配電インフラが損傷したことで、被災地域への電力供給が途絶した。ネパール電力公社 (NEA) によると、13箇所の水力発電施設が被害を受け、損害は数千億ルピーに上ると発表した[127]。これらには、ラスワ・ガディ水力発電所、チリメ水力発電所、トリシュリ3A水力発電所、トリシュリ3Bハブ220kV変電所、トリシュリ水力発電所、およびデヴィガート水力発電所が含まれる[128]。NEAの報告によると、エネルギーインフラが損壊したことで、推定で431メガワットの電力が送電網から失われ、総出力470メガワットの建設中プロジェクトも被害を受けた[129]。
9月2日時点で、水力発電プロジェクトに従事していた900人以上の作業員が行方不明とみられている。42人の作業員が行方不明と報告されているアッパー・トリシュリ3A水力発電所での救助活動を支援するため、ネパール当局から要請を受けたオーストラリアのトンネル救助専門家のアーノルド・ディックスは「27ヵ所の発電所が全滅し、そのうち12ヵ所は地上構造物が何も残っていない。」と述べた[76]。
中国
中国側では、洪水によりキドン国境検問所エリアへの道路、通信、および電力供給が寸断され[130][131]、G216国道が被害を受けた[132]。8月28日に現地に到着した中国の救助隊は、国境検問所の複合施設が破壊されていることを確認し、救助隊員はその光景を「ただの廃墟と化してしまった」と表現した[133]。キドンからラスワ・ガディへ続く道路のうち約5 km が破壊されたため、約80台のトラックが吉隆鎮で立ち往生した[134]。
8月31日には、地滑りの危険性があることから中国当局がタトパニの国境検問所を閉鎖したため、ムスタン郡のコララの国境検問所がネパール・中国国境を超える唯一通行可能なルートとなった[135]。
行政の対応
ネパール
ネパール政府は、ネパール軍、武装警察部隊、およびネパール警察を動員し、ヘリコプターや医療チームの支援のもと、捜索・救助・救援活動を行っている[136][137]。救助活動の支援のため21,465人以上の治安部隊員が配置された。その内訳は軍から9,287人、警察から7,912人、武装警察部隊から4,203人であった[111]。ビドゥルは、軍の捜索救助活動における主要な集結地となった[138]。内閣は、災害リスク軽減および管理法(2017年)に基づき、当該地域を3ヶ月間災害被災地域に指定した[139][140]。また政府は、負傷者への無料の医療提供や、家族を亡くした世帯への財政支援を発表した[141][139]。8月27日には、バレンドラ・シャハ首相が視察のためヌワコート郡に到着した[142]。政府によって首相自然災害救援基金が立ち上げられ、9月8日までに117.7億ルピー以上が集まった[143]。ドル建ての寄付用に設けられた別口座には、少なくとも600万米ドルが集まった[144]。シャハ首相と閣僚も、同基金に1ヶ月分の給与を寄付することを表明した[145]。さらに政府は、被災した5つの郡の15の地方自治体に対し、基金から6億7,500万ルピーを交付した[146]。また、ロス&ダメージに対応するための基金への支援要請も行った[147]。
ネパール当局によると、324人の外国人[70]を含む13,583人以上が救助された[69]。初期の救助活動は、豪雨[148]やネパール警察の航空機の不足によって難航した[149]。被災地の病院や遺体安置所が満杯になったため、負傷者や遺体は、バイラワ、バラトプル、ブトワル、プリトビナラヤン(ゴルカ)、カトマンズ、ナワルパラーシ、パルパ、ポカラなどの他の地域へと搬送された[98]。少なくとも3人が医療措置中に死亡した[72]。9月8日の時点で、少なくとも1,357体の遺体が収容された[69]。遺体冷暗保管所の不足により[150]、身元不明の多くの遺体は身元が判明するまで一時的に埋葬され、身元確認にはDNA検査や顔写真が用いられた[151][152]。9月7日までに1,044体の遺体が埋葬され、1,181体の遺体からDNAサンプルが採取された[153]。犠牲者の一部の遺族は、この対応がヒンドゥー教の葬儀儀礼を無視していると批判した[152]。また、遺体が見つかっていない他の遺族は、葬儀の儀式においてハサバグサ(吉祥草)で作られた身代わりの人形を用いる対応をとった[154] 。
ヌワコート郡とダーディン郡には、難民キャンプが設置された[155]。トリシュリ・バザールでは、治安維持の警察官がほとんど配置されておらず、住宅で空き巣被害が発生していることが住民から報告された[156]。災害発生の数日後、ヌワコート郡のトリブバン・トリシュリ中等学校の校長であるラジェンドラ・ダワディは、鉄砲水が押し寄せる10分前に900人の子供たちを避難させたとして称賛された。彼は、学校のすぐ上流に位置するベトラワティの町からの情報を含め、それぞれ異なる情報源から計4回の警報を受け取っていた[157][158]。
洪水発生後、ネパール道路局は崩落した橋を架け替えるため、ベイリー橋(組立式の仮設橋)の設置を開始した[114]。ネパール軍は8月27日までに、計8トンの救援物資をラスワ郡へ届けた[159]。政府はラスワ郡とヌワコート郡に65人以上のメンタルヘルス専門家を配置し、24時間年中無休のメンタルヘルス・ヘルプラインを開設した[160][161]。9月3日までに、1,239人以上が心理的応急処置、カウンセリング、およびメンタルヘルスサービスを受けた[160]。また、各家庭に電力を供給する取り組みの一環として、500台のポータブルソーラーシステムがラスワ郡に送られたほか[162]、救援活動に従事する航空機へ燃料を補給するため、トリシュリに燃料タンクローリーが配備された[163]。
ネパール外務省は当初、ネパール地震 (2015年)の共同救助活動において管理ミスや連携不足が生じたことを主な理由に挙げ、外国の捜索救助チームの派遣を断っていた[164][165]。しかし、ネパール政府はトンネル救助、DNA検査、および医学調査を支援するインド、中国、オーストラリア、韓国からの専門家の受け入れを認めた[166]。さらに政府は、孤立した山岳地帯へ救援物資を届けるため、国際協力機関に対して大型貨物ドローンの提供を要請した[167]。
8月31日未明、行方不明となっている作業員933人の捜索を目的として、アッパー・トリシュリ3A水力発電所のトンネル内において制御爆破が実施された。その後、ネパール軍が2台のショベルカーを用いて約10 m の穴を掘り、トンネル内からの排水や泥、瓦礫の撤去作業を開始した[168]。9月4日には、このトンネルから生存者2人が救出され[169]、その翌日には中国人1人が救出された。別途、9月5日にはベトラワティで土砂に埋もれた家屋から女性1人が救出された[170]。通信インフラについては、9月4日までにネパール・テレコムが被災した120基の携帯電話基地局のうち116基の復旧を報告し、Ncellは被災した78基のうち75基の復旧を報告した[109]。
9月7日、ネパール国内において洪水の犠牲者を追悼する日が設けられた[171]。
中国
中国共産党の習近平総書記は、行方不明者の捜索と、災害監視および警報システムの改善を指示した[172][173]。チベット自治区政府は、救助活動支援のため、約800人の緊急救助隊員、150台の車両、災害救助犬、および高速艇を動員した[174]。また、中国人民武装警察部隊[175]、中国人民解放軍、および隣接する四川省から救助隊が派遣された[176][94]。国家消防救援局も681人の人員と13頭の救助犬を派遣し、中華人民共和国応急管理部は60人の人員を派遣した[177]。キドン国境検問所では2人が救出された。検問所へのアクセスは、約3 km 上流に瓦礫が堆積したことによって阻まれた[178]。中国の国営メディアは、チベットの同地域から住民499人と観光客555人が避難したと報じた[94]。
李強首相は8月26日にキドンに到着した[179][40]。中国気象局は泥流被害を受けたキドン国境検問所にポータブル自動気象観測所を設置した[180]。 通信インフラ復旧のため、キドン県に4G/5G基地局が設置された[181]。中国国家航天局は、被災地域の緊急画像撮影を行うため、衛星の調整と動員を行ったと発表した[182]。救助事業者である中国安能は、道路の修復のために158人の人員と重機33台を投入した[132]。道路の復旧作業は、通常の6倍の速さで流れる川によって妨げられた[132]。9月2日までに、キドン国境検問所へと続く仮設道路が完成した[70]。中国当局は、中国で足止めされていた少なくとも114人のネパール人をタトパニ国境検問所経由で本国へ送還する手配を行い[183]、さらに576人がコダリ国境検問所経由で送還された[184] 。
8月30日午前、中国政府は2機のY-20輸送機を使用し、50トンの緊急救援物資をカトマンズへ届けた。これらの物資は、駐ネパール中華人民共和国特命全権大使の張茂明からネパールのマハビール・プン科学技術イノベーション大臣へと引き渡された[185]。同日、張大使は中国政府からの緊急洪水救済支援金として200万米ドルをネパールのスワルニム・ワグレ財務大臣に手渡した。また、中国紅十字会が寄付した追加の20万米ドルも合わせてネパール首相自然災害救援基金に引き渡された[186]。9月1日には、ドローン、DNA検査機器、浄水設備などを含む第2陣の救援物資が中国からネパールに届けられた[187]。さらに中国政府は、水力発電所のトンネルにおける救助活動を支援するため、トンネル専門家チームと医療従事者チームをネパールに派遣した[186][188]ほか、2基のベイリー橋を送った[112]。
検閲と国営メディアによる報道
一方で、共産党内部で慎重な扱いとなっているチベットだけに、これほどの大規模災害にもかかわらずトップニュースとはなっておらず、人民が入手できる情報も国外に比べて限られるなど、報道に関しては当局による厳しい情報統制の影響が見られる[189]。
その他の国
| 国 | 対応 |
|---|---|
| オーストラリアは、被災地域に対し500万豪ドルの援助を行うとともに、国際連合世界食糧計画 (WFP) に200万豪ドル、オーストラリア人道パートナーシップ (AHP) に200万豪ドル、エマージェンシー・アクション・アライアンス (EAA) に200万豪ドルをそれぞれ寄付することを発表した[190][191]。また、ドローン操縦士や専門家からなるチームをネパールに派遣した[126]。 | |
| 8月27日、コリルル・ラーマン外相はネパールのシシル・カナル外相と電話会談を行い、哀悼の意を表するとともに、ネパールへの支援を確約した[192][193]。防災救援省は、ネパールの洪水被災地に救援物資を送った[194]。国会では、洪水で犠牲となった人々を追悼して黙祷が捧げられた[195]。また、政府は災害救援基金に100万米ドルを拠出した[196]。 | |
| カナダは、ネパールにおける緊急救援活動を支援するため、赤十字社などの組織を通じて200万カナダドルの人道支援資金の提供を発表した[197]。 | |
| クロアチア政府は、洪水被害を受けた地域の住民に対し、50万ユーロの人道支援を承認した[198]。 | |
| チェコ政府は、250万チェコ・コルナの援助を約束した[126]。 | |
| デンマーク政府は350万デンマーク・クローネの支援を約束した[126]。 | |
| ドイツ政府は200万米ドルの支援を約束した[126]。 | |
| ナレンドラ・モディ首相は、ネパールのバレンドラ・シャハ首相と電話会談を行い、人道支援と援助を申し出た[199]。8月29日までに、インドは3回の空輸により62トンの災害救援物資を送り届けた[191]。政府は、医療従事者やトンネル救助の専門家を含む救助隊と医療チームを派遣した[188][200] 。 | |
| 外務省のエスマーイール・バハーイー報道官は、甚大な被害をもたらした洪水と土砂崩れを受け、ネパール政府およびネパール国民に対し深い哀悼の意を表した[201]。 | |
| アイルランド政府は50万ユーロの財政支援を約束した[202]。 | |
| イスラエルの人道支援団体IsraAidとナタン・ワールドワイド・ディザスター・リリーフは、被災地域に救援物資、医療支援、メンタルヘルス支援を提供するため、ネパールに緊急対応チームを派遣した[203]。 | |
| 日本政府は、国際協力機構 (JICA) を通じ、ネパールの災害対応支援のため緊急救援物資の供与を決定した[204]。また、警察庁は犠牲者の身元確認を支援するため、職員5名をネパールに派遣した[205]。 | |
| マレーシア政府は100万米ドルの支援を約束し、ネパールへ捜索救助隊を派遣することを表明した[32]。 | |
| 朝鮮労働党の金正恩総書記は、ネパールのラム・チャンドラ・パウデル大統領に哀悼の意を表した。また、金正恩総書記は中国共産党の習近平総書記に対しても哀悼の意を表し、中国共産党、政府、国民、および犠牲者の遺族に対し、哀悼の意を伝えた。[206] | |
| ノルウェー政府は1,270万ノルウェー・クローネの支援を約束した[126]。 | |
| シャバーズ・シャリフ首相は、ネパールのバレンドラ・シャハ首相と会談し、ネパールへ緊急救援チームを派遣した[207]。 | |
| ボンボン・マルコス大統領はネパールに対し哀悼の意を表した[208]。フィリピン政府は、ニューデリーの大使館およびカトマンズの名誉領事館を通じて、ネパール当局と連携し、災害の影響を受けたフィリピン人への支援を行った[209]。 | |
| カタール開発基金はネパールに40トンの救援物資を送り、物資の配布を支援するため、カタール国際捜索救助隊が派遣された[126][210]。 | |
| シンガポール政府は、すでにネパールでの災害救援活動に携わっているシンガポール赤十字社に対し、10万米ドルを拠出することに合意した[211][212]。ニューデリーのシンガポール高等弁務官事務所から派遣された災害救援チームは、主に被災したシンガポール人およびその家族に対する領事支援に従事した[213]。また、35名からなるシンガポールの鑑識チームもネパールに派遣され[188]、災害犠牲者の身元確認、空撮調査、指紋鑑定を専門とした[214]。 | |
| 韓国はネパールに救援チームを派遣し、100万米ドルの人道支援を供与した[215]。ラスワのアッパー・トリシュリ1水力発電所の建設に関わっていた韓国の財閥、斗山(トゥサン)は500万米ドルの支援を約束した[216]。斗山は、捜索救助活動を支援するため、トンネル救助や医学の専門家を含む46人の緊急対応チームをネパールに派遣した[188]。 | |
| アヌラ・クマーラ・ディサーナーヤカ大統領は、人道支援および救援活動を支援するため、スリランカ政府に対し、ネパールに100万米ドルを供与するよう指示した[217]。 | |
| スイス政府は100万米ドルの支援を約束した[126]。 | |
| 台湾は国家捜索救助隊をネパールに派遣した。行政院の李慧芝(り・けいし、ミシェル・リー)報道官は、ネパールでの災害および犠牲者の発生に対し、卓栄泰行政院長が哀悼の意を表したことを伝えた[218]。 | |
| アラブ首長国連邦は、1,000万米ドルの人道支援を約束し、83トンの救援物資をネパールに送付した[126][219]。 | |
| アンディ・バーナム首相、国王チャールズ3世、および英国王室は、ネパールへの連帯の意を表明した[220]。英国は500万ポンドの援助を約束し[215]、支援のための捜索救助隊の派遣を申し出た。イギリスのグルン族組織であるタム・ディ・UKは、救援活動のために1,011万ネパール・ルピーを集めた[221]。 | |
| アメリカ合衆国国務省はネパールに対し50万米ドルの緊急支援を約束し、その後、約1万世帯の被災世帯を対象とした最大3か月分の緊急食糧支援や、災害対応アドバイザーの派遣などを含む、360万米ドルの人道支援を追加で発表した[222][131]。 | |
| ベトナム共産党のトー・ラム書記長やレ・ミン・フン首相を始めとするベトナムの指導者らは、中国およびネパールの指導者らに哀悼の意を表した[223]。 |
国際機関
宇宙と大規模災害に関する国際チャータが発動し、条件付きではあるが、人道支援のための広範な人工衛星観測データの提供が開始された[224]。アントニオ・グテーレス国連事務総長は、ネパール政府主導の対応を支援するため、国連のチームやパートナー機関が、物資や要員を派遣していると述べた[115][131]。国連中央緊急対応基金は、医療、避難所、水の供給を支援するため、200万米ドルを拠出した[40]。国際赤十字赤新月社連盟は、100万スイス・フランの支援金を拠出した[215]。世界保健機関 (WHO) は、不可欠な緊急医療物資を送り、15万米ドルの資金を拠出した[215]。国境なき医師団は、ネパールに緊急対応チームを派遣した[215]。欧州連合は、人道支援として250万ユーロを拠出し[126]、復旧活動を支援するためにコペルニクス衛星監視システムを稼働させ[225]、カトマンズへの人道物資輸送空路を組織した[226]。アジア開発銀行は、人道支援のために500万米ドルの無償資金援助を行った[227]。ドイツのNGO組織のヴェルトフンガーヒルフェは、緊急救援基金から200万ユーロを提供した[191]。人道支援オープンストリートマップチームは、ネパール政府と連携し、救助隊が被災地を特定できるよう、衛星画像から建物や道路をマッピングするプログラムを開始した[228]。アーセナルFCは、セーブ・ザ・チルドレンと共同で、ネパールへの人道支援を行うための募金活動を開始した[229]。
個人
オーストラリアメルボルン在住の地質学者でトンネル救助専門家でもあるアーノルド・ディックスは、水力発電のトンネルに閉じ込められた人々の救助のため、トンネルの入口の特定を支援した[230][76]。
