INDフルトン・ストリート線
From Wikipedia, the free encyclopedia
| INDフルトン・ストリート線 IND Fulton Street Line | |
|---|---|
|
| |
| 概要 | |
| 種別 | 地下鉄 |
| 系統 | ニューヨーク市地下鉄 |
| 起終点 |
ジェイ・ストリート-メトロテック駅 オゾン・パーク-レファーツ・ブールバード駅 |
| 駅数 | 22駅 |
| 1日の乗客数 | 286,497人[1] |
| 運営 | |
| 開業 | 1915年–1956年 |
| 所有者 | ニューヨーク市 |
| 運営者 | ニューヨークシティ・トランジット・オーソリティ |
| 路線構造 |
地下線(ブルックリン区内) 高架線(クイーンズ区内) |
| 路線諸元 | |
| 路線数 | 2-4線 |
| 軌間 | 4 ft 8+1⁄2 in (1,435 mm) |
| 電化 | 直流 第三軌条方式 |
INDフルトン・ストリート線 (IND Fulton Street Line)は、イースト川下のクランベリー・ストリート・トンネルからブルックリン区の中央を通りクイーンズ区オゾン・パークに至るニューヨーク市地下鉄Bディビジョンの路線である。INDロッカウェイ線がロッカウェイ・ブールバード駅から東に分岐している。A系統は本線の地下区間を日中は急行、夜間は各駅停車として運行され、高架区間は終日各駅停車する。C系統 は地下区間を深夜帯以外に運行している。
フルトン・ストリート線はフルトン・ストリート、ピトキン・アベニュー、リバティ・アベニューに沿って走っている。本線の大部分を占める地下区間は市営のインディペンデント・サブウェイ・システム(IND)の路線として1936年から1956年にかけて建設された。クイーンズ区内の高架区間は元はブルックリン・マンハッタン・トランジット(BMT)のフルトン・ストリート高架線の一部で、ブルックリン区内の高架区間は地下鉄の開業に伴い廃止・撤去された。
| 運行系統 | 運転区間 | ||
|---|---|---|---|
| 系統 | 時間帯 | ホイト-スカーマーホーン・ストリーツ駅 - ユークリッド・アベニュー駅 |
ユークリッド・アベニュー駅 - オゾン・パーク-レファーツ・ブールバード駅 |
| 深夜帯以外 | 急行 | 各駅停車 | |
| 深夜帯 | 各駅停車 | ||
| 深夜帯以外 | 各駅停車 | 運行なし | |
| 深夜 | 運行なし | ||
フルトン・ストリート地下鉄線は、ブルックリン中心部からクイーンズ南部を結ぶ独立地下鉄(IND)の主要路線として建設された。IND8番街線と合わせて、「ワシントンハイツ-イースト・ニューヨーク線」とも呼ばれていた[2]。1936年までにジェイ・ストリート駅からロッカウェイ・アベニュー駅までが完成したが、1930年代の大恐慌による資金不足のため、それ以上の延伸工事は中断された[3]。しかし、1936年から連邦政府の公共事業庁(WPA)による資金援助が開始され、一時的に工事が再開された。ロッカウェイ・アベニュー駅東側から、後のユークリッド・アベニュー駅の西側にあるクリスタル・ストリートまでを結ぶ区間の建設は1938年に開始され[2]、次の区間の建設は1940年に開始された。しかし、アメリカが第二次世界大戦に参戦した1942年、ブルックリン側の工事は中断され、ブルックリンでの工事は数年で終わった。この時、ブロードウェイ-イースト・ニューヨーク駅は完成していたものの、信号設備が不足していたため運行されておらず、ユークリッド・アベニュー駅までの各駅は未完成のまま放置されていた[2][3][4]。
第二次世界大戦後、労働力と資材が再び利用可能になったことで、地下鉄の延伸工事が再開された。より効率的なターミナル駅であるブロードウェイ-イースト・ニューヨーク駅(現在のブロードウェイ・ジャンクション駅)への延伸工事は、1946年12月に完成した[3]。地下鉄の最終延伸区間は1948年11月28日に開通し、ペンシルベニア・アベニューとピトキン・アベニューに沿ってクイーンズの境界付近にあるユークリッド・アベニュー駅まで延伸された。この区間には、新しい車両基地も設置された[2][3][5][6]。これらの駅は路線全体の他の駅よりも後に完成したため、壁のタイルや照明など、他のIND駅とは異なるデザインが採用された[2][3][7]。1953年には、E系統が11両編成の列車を運行できるように、ラルフ・アベニュー駅とブロードウェイ-イースト・ニューヨーク駅のホームが660フィートに延長された。E系統は1953年9月8日から通勤時間帯に11両編成の列車を運行開始した。1両増車により、輸送能力は4,000人分増加した。この際40万ドル費やした[8]。
基本的に単層構造だが、ノストランド・アベニュー駅のみが例外で、上層が急行線、下層が各駅停車線と分かれている。建設中、既存の(後に撤去された)BMTフルトン・ストリート高架鉄道(IND線が後継として建設された路線)を支えるための措置が必要であった。
クイーンズ区リバティ・アベニュー沿いの80丁目駅、オゾン・パーク-レファーツ・ブールバード駅までの区間、そして現在の3線式高架構造は、1915年にBMTが実施したデュアル・コントラクトの一環として、フルトン・ストリート高架鉄道として建設された。この区間は、鋼製車両に対応するように設計された唯一のフルトン高架鉄道区間だった[5]。80丁目駅からのBMT線との接続は1956年4月26日に廃止され、IND線は接続トンネルと勾配線(グラント・アベニュー勾配線)を経て、ユークリッド・アベニュー駅から東(線路方向は南)へと延伸された[5]。グラント・アベニューには新たにグラント・アベニュー駅が設置された。レファーツ・ブールバード駅への新路線は3日後に開業した[5][9][10]。1956年6月28日には、ロッカウェイ・ブールバード駅東側のINDロッカウェイ線との接続も開通した[5][10]。
経路
複線のIND8番街線は、クランベリー・ストリートトンネルを通過してブルックリンに入り、クランベリー・ストリートを東に進み、その後ジェイ・ストリートを南下する。ジェイ・ストリート-メトロテック駅北側の分岐点ではINDカルバー線と一時的に並走した後、フルトン・ストリート線となる。カルバー線から分岐してスカーマーホーン・ストリートに入り、6線を有するホイト-スカーマーホーン・ストリーツ駅に入る。この駅はブルックリン-クイーンズ・クロスタウン線とも共用している。ホイト-スカーマーホーン・ストリーツ駅の外側ホームホームは現在使われていないが、かつてはニューヨーク市交通局博物館(現ニューヨーク交通博物館)があった廃駅(コート・ストリート駅)と接続していた。この駅からはユークリッド・アベニュー駅にかけて複々線となる。
線路はスカーマーホーン・ストリートの下を東に進み、3番街とフラットブッシュ・アベニューの交差点でラファイエット・アベニューに渡り、その後フルトン・ストリートに合流してブロードウェイ・ジャンクション駅までフルトン・ストリート地下を通る。
ブロードウェイ・ジャンクション駅を過ぎると、線路はトラクストン・ストリートでフルトン・ストリートから離れ、ブロードウェイを横断し、イースト・ニューヨーク検車区の端を迂回してジャマイカ・アベニューを横断した後、ペンシルベニア・アベニューを南下していく。その後、ピトキン・アベニューに東へ進み、ユークリッド・アベニュー駅まで続く。ユークリッド・アベニュー駅東側にはピトキン検車区への接続線があり、急行線と緩行線の両方から複線のグラント・アベニュー駅方面への線路に分岐している。複々線の本線はピトキン・アベニューを東に進み、現在は使われておらず、エルダーツ・レーン付近で終点となっている[3]。
グラント・アベニュー駅を過ぎると、線路はクイーンズに入り、リバティ・アベニューを越えるまでやや北側に迂回しながら、かつてのフルトン・ストリート高架鉄道の線路に合流していく[9][11]。ここで線路は3線に増え、中央線は80丁目駅東側よりピトキン検車区の車庫線から双方向急行線に変わる。ロッカウェイ・ブールバード駅を少し過ぎると、INDロッカウェイ線が南へ分岐し、フルトン・ストリート線は引き続きリバティ・アベニューの高架を終点オゾン・パーク-レファーツ・ブールバード駅まで進む[9][10]。
第二IND路線網での計画路線
INDフルトン・ストリート線は、IND第二路線網計画の一環として、クイーンズ地区へさらに東方に延伸される予定だった。延伸方法は、フルトン高架鉄道の延長、または新設の地下鉄路線という2つの案が検討されていた。路線は、クイーンズビレッジのサンプリングブルバード、またはカンブリアハイツの229丁目まで延伸される予定で、いずれもナッソー郡との境界付近に位置している。また、ロッカウェイ方面への支線も計画されていた[3][12][13][14][15]。
1929年の第二システム計画では、フルトン高架鉄道をリバティ・アベニュー、ブリンクホフ・アベニュー、ホリスアベニューに沿って延伸し、ヘンプステッド・ターンパイク、ベルモントパーク競馬場、クイーンズ・ビレッジLIRR駅付近のスプリングフィールド・ブールバードまで繋げることを提案していた[3][13][14]。一方、1939年の計画では、地下鉄をピトキン・アベニューに沿ってサウス・オゾン・パークのクロス・ベイ・ブールバードまで延伸し、その後リンデン・ブールバードに沿ってクロス・アイランド・パークウェイ付近のカンブリアハイツまで延伸することを提案していた。クロス・ベイ・ブルバードの東側には支線が分岐し、南下してロングアイランド鉄道(現INDロッカウェイ線)の旧ロッカウェイ・ビーチ支線に接続する予定だった[3][12][15]。この延伸されたフルトン・ストリート線は、ロウアー・マンハッタンから当時終点駅だったコート・ストリート駅までを結ぶリバー・トンネルを通る予定のIND2番街線との接続も容易にするものだった[12][15][16]。
1940年の計画(1945年に改訂)では、INDフルトン・ストリート線は、ピトキン・アベニュー下の地下鉄延伸によって、1939年の計画と同様にINDロッカウェイ線に接続するようになっていた。ユークリッド・アベニューの東側は複々線で、76丁目駅と84丁目駅に各駅停車、クロス・ベイ・ブールバード駅に急行停車駅が設置される予定だった。クロス・ベイ・ブールバード駅では、立体交差によって各駅停車線路が内側、特急線路が外側に配置される構造となっており、マンハッタンの168丁目駅と似たような構造になる予定だった。クロス・ベイ・ブルバードの東側には、もう一つの立体交差があり、複線の支線が上部を通過して、アケダクト-ノース・コンジット・アベニュー駅の北側に設置される2つの駅構えに接続する予定だった。一方、フルトンストリート線の複々線は複線に統合され、105丁目駅(現在のアケダクト競馬場)で終点となる予定だった。駅の西側には転轍機が設けられる予定だった。また、76丁目駅の東側には急行線と各駅停車線の間に、クロス・ベイ・ブールバードの東側には2本の急行線の間にそれぞれ分岐路が設置される予定だった[17]。
現在、この路線はオゾン・パーク-レファーツ・ブールバード駅(旧フルトン高架鉄道の終点)が終点で、ロッカウェイ延伸区間のみが完成している[9][10]。ユークリッド・アベニュー駅を通過する本線区間は、カンブリアハイツまで複々線で構成される予定だった[3]。