J.P.ファイアライゼン
アメリカ合衆国のプロ野球選手 (1993-)
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J.P.ファイアライゼン(英語: J. P. Feyereisen, 本名:ジョナサン・ポール・ファイアライゼン(Jonathan Paul Feyereisen, 1993年2月7日 - )は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州リバーフォールズ出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在は、フリーエージェント(FA)。
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AAA級スクラントン時代 (2018年8月15日) | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | ウィスコンシン州リバーフォールズ |
| 生年月日 | 1993年2月7日(33歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 215 lb =約97.5 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2014年 MLBドラフト16巡目 |
| 初出場 | 2020年7月24日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム |
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| プレミア12 | 2019年 |
この表について
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経歴
プロ入りとインディアンス傘下時代
2014年のMLBドラフト16巡目(全体488位)でクリーブランド・インディアンスから指名されプロ入り。傘下のA-級マホーニングバレー・スクラッパーズでプロデビューし、15試合に登板して3勝0敗、防御率0.00、24奪三振の成績を記録した[1]。
2015年はA級レイクカウンティ・キャプテンズで開幕を迎えた。シーズン途中にA+級リンチバーグ・ヒルキャッツへ昇格。2チーム合計で46試合に登板して1勝1敗、防御率2.08、56奪三振の成績を記録した[1]。
2016年はAA級アクロン・ラバーダックスで開幕を迎えた[1]。
ヤンキース傘下時代
2016年7月31日にアンドリュー・ミラーとのトレードで、クリント・フレイジャー、ジャスティス・シェフィールド、ベン・ヘラーと共にニューヨーク・ヤンキースへ移籍した[2]。移籍後は傘下のAA級トレントン・サンダーへ送られた[3]。この年は移籍前と合わせて42試合に登板して7勝3敗、防御率1.70、78奪三振の成績を記録した[4]。
2017年はAA級トレントンで開幕を迎えた。シーズン途中にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・レイルライダースに昇格。2チーム合計で37試合に登板して2勝3敗、防御率3.27、60奪三振の成績を記録した[1]。
2018年はAAA級スクラントンで37試合に登板し、6勝6敗、防御率3.45、59奪三振の成績を記録した[1]。
2019年もAAA級スクラントンで開幕を迎えた。
ブルワーズ時代
2019年9月2日にブレニー・エスカニオとインターナショナル・ボーナス・プール(海外選手契約金枠)とのトレードで、ミルウォーキー・ブルワーズへ移籍した。オフには11月に開催された第2回WBSCプレミア12のアメリカ合衆国代表に選出された[5]。その後、40人枠に登録された[6]。
2020年は開幕ロースター入りした。開幕戦となった7月24日のシカゴ・カブス戦でメジャーデビュー。この試合でクリス・ブライアントからメジャー初奪三振を記録したが、続くアンソニー・リゾにソロ本塁打を浴びた。この年はメジャーで6試合に登板して0勝0敗、防御率5.79、7奪三振の成績を記録した[1]。
レイズ時代
2021年5月21日にウィリー・アダメス、トレバー・リチャーズとのトレードで、ドリュー・ラスムッセンと共にタンパベイ・レイズへ移籍した[7]。
第一次ドジャース時代
2022年12月14日にトレードでロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[1]。
2023年は故障のリハビリのため全休した。
2024年3月20日に開幕ロースター入りした[8]。3月21日の試合に登板し、約2年ぶりにMLBの公式戦に登板した。この試合では1回を投げて、被安打3、3失点と打ち込まれ、翌日AAA級オクラホマシティ・ベースボールクラブに降格した[1]。これ以降、7月3日まで昇格と降格を交互に繰り返した[1][9]。レギュラーシーズン終了後の10月10日にFAとなった[10]。この年は前述の試合も含めて10試合に登板したものの、0勝1敗1セーブ、防御率8.18、9奪三振と首脳陣の期待に応えられなかった[1]。また、登板数も自己最低であった。
ダイヤモンドバックス時代
2025年3月15日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ[11]。契約後はそのままAAA級リノ・エーシズに配属された[11]。
その後、アクティブロースター入りするも、2試合で防御率9.00と結果を残せず、4月27日にDFAとなった。
第二次ドジャース時代
2025年5月1日にドジャースとマイナー契約を結んだ。5月6日に昇格するが、わずか1試合の登板のみでマイナーへ降格した。再昇格後の登板となったアスレチックス戦でも2回6安打3失点と結果を残せず、1か月足らずの5月25日にDFAとなった[12]。5月27日に自由契約となった[1]。
選手としての特徴
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2020 | MIL | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 37 | 9.1 | 4 | 3 | 5 | 0 | 1 | 7 | 0 | 0 | 6 | 6 | 5.79 | 0.96 |
| 2021 | 21 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 9 | .000 | 77 | 19.1 | 10 | 2 | 11 | 0 | 0 | 20 | 1 | 0 | 9 | 7 | 3.26 | 1.09 | |
| TB | 34 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 3 | 6 | .667 | 157 | 36.2 | 26 | 3 | 22 | 0 | 0 | 33 | 2 | 0 | 14 | 10 | 2.45 | 1.31 | |
| '21計 | 55 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 3 | 15 | .500 | 234 | 56.0 | 36 | 5 | 33 | 0 | 0 | 53 | 3 | 0 | 23 | 17 | 2.73 | 1.23 | |
| 2022 | 22 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 1 | 7 | 1.000 | 86 | 24.1 | 7 | 0 | 5 | 0 | 0 | 25 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0.00 | 0.49 | |
| 2024 | LAD | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | .000 | 48 | 11.0 | 11 | 3 | 5 | 0 | 1 | 9 | 0 | 0 | 10 | 10 | 8.18 | 1.45 |
| MLB:4年 | 93 | 2 | 0 | 0 | 0 | 8 | 5 | 5 | 22 | .615 | 405 | 100.2 | 58 | 11 | 48 | 0 | 2 | 94 | 3 | 0 | 40 | 33 | 2.95 | 1.05 | |
- 2024年度シーズン終了時
ポストシーズン投手成績
- 2024年度シーズン終了時
年度別守備成績
- 2024年度シーズン終了時
背番号
- 54(2020年 - 2021年途中)
- 34(2021年途中 - 2022年)
- 45(2024年)
- 61(2025年 - 2025年4月27日)
- 40(2025年5月1日 - 2025年5月25日)