Kl 36 (航空機)
From Wikipedia, the free encyclopedia
ヨーロッパ・ツーリング機選手権1932年度大会での3座ツーリング機クレム Kl 32の成功に続いて、クレム社はドイツ航空省(RLM)から次回の1934年度大会に参加するために別の機体の開発を命じられた。大会規則の変更により、より高性能でより高い短距離離着陸(STOL)性能を持つ近代的な機体としなければならなかった。フリードリヒ・フェックナー(Friedrich Fechner)が設計した新型の「Kl 36」は高機能の主翼機構を備えた流麗で快適な4座機となり、全クレム機中で最速の機体であった。
最初の量産型である「Kl 36A」が4機[1]製造された。(225 hpの倒立 直列6気筒Argus As 17Aエンジン装備の登録記号「D-IJIP」、「D-IDIR」と250 hp倒立 V型8気筒エンジンHirth HM8U装備の「D-IHEK」、「D-IHAV」。両エンジン共に空冷エンジン)
続いて「Kl 36B」と命名された0-シリーズが8機[2]製造された。これらの機体には、160 hpのジーメンス=ハルスケ Sh-14 A-1星型エンジンを含む異なるエンジンが装着され、1機(D-IUHU)は引き込み式降着装置を備えておりKl 36Aより幾分重かった。
運用の歴史
8月と9月に開催されたヨーロッパ・ツーリング機選手権1934年度大会には4機のKl 36Aが参加したが、ヨーロッパ周回ラリーを完走した機体は1機も無かった。2度の大会優勝者であるフリッツ・モーツィックは燃料ポンプの故障のため棄権しなければならなかったが、競技とは別にラリー航路を飛んだ。テクニカル競技の最低速度競技でKl 36Aは良い成績(57.67 km/h)を収めたが、フィーゼラー Fi 97には適わなかった。
