T-50 (戦車)
From Wikipedia, the free encyclopedia
T-34の開発が進んでいたにもかかわらず、ソ連軍はT-26軽戦車に代わる歩兵支援用として、45mm砲と中程度の装甲防御力を備えた14t級戦車の開発をキーロフスキー、および第174工場に命じた。
1940年、キーロフスキー工場(第174工場という説もあり)で試作戦車オブィエークト125(またはT-126SP・・・SPはSoprovozhdeniya Pekhotui=歩兵支援の略)が完成。重量は17tでトーションバーサスペンションを備え、270馬力のV-3ディーゼルエンジンを用いて時速35km/hで走行できた。武装はT-26同様に45mm戦車砲と7.62mmDT機銃を装備。傾斜した装甲で構成された車体形状は、T-34の1940年型を小型にしたようなシルエットであった(もっとも、量産されたそれはKV-1に似た足回りから、これを鹵獲したフィンランド軍には「マールィ・クリム」=ミニKVと呼ばれた)。
その後、オブィエークト126はT-50として正式採用された。
性能
装甲は砲塔前面で37mm、車体前面は上部が50度の傾斜で37mm、下部が45度の傾斜で45mm、側面37mmと試作型に比べ少しずつ削られ、重量は14.5tに軽減、エンジンも300馬力V-4エンジンとなり最大速度が50km/hに向上した。また砲塔上面後部にはハッチの無い車長キューポラが設置された。要求どおり本車は従来の軽戦車と異なる、ある程度の防御力を持った支援戦車(歩兵戦車)として完成した。
