ZSU-37
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ソ連赤軍は、ドイツ空軍の対地攻撃に対抗するため、1942年から自走式対空砲の開発を始めた[1]。1942年11月にT-70軽戦車の車体に、DShKT 12.7mm連装機関銃を搭載した車両が試作された。次にT-70軽戦車の派生型のSU-76M自走砲にM1939 (61-K) 37mm機関砲 1門を搭載した車両が試作され、ZSU-37として制式化された。
1946年まで生産されたが、性能は十分ではなかったため生産数は約300両に留まっている[1]。1950年代まで使用された。
SU-76M自走砲の戦闘室部分に、上面が開放された全周旋回砲塔を設置してM1939 (61-K) 37mm機関砲 1門を搭載した。砲の俯仰角は-5°/+85°で、旋回装置は電動式となっていた。ただし、この旋回装置は性能不足で、敵を追尾するのが難しかったという[1]。M1939 (61-K) 37mm機関砲は、ボフォース社の60口径40mm機関砲を参考に開発され、最大射高6,700m、有効射高は2,500m、初速は890m/秒-920m/秒、発射速度は80発/分であった。砲弾は320発搭載した。