U365 (潜水艦)

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建造所 フレンスブルク造船、フレンスブルク
艦種 潜水艦
U-365
基本情報
建造所 フレンスブルク造船、フレンスブルク
運用者  ドイツ国防軍海軍
艦種 潜水艦
級名 UボートVIIC型
艦歴
発注 1941年1月20日
起工 1942年4月21日
進水 1943年3月9日
就役 1943年6月8日
最期 1944年12月13日に沈没
要目
基準排水量 769t
水中排水量 871t
全長 67.1m(耐圧殻50.5m)
最大幅 6.2m(耐圧殻4.7m)
吃水 4.74m
高さ 9.6m
主機 ディーゼルエンジン2基
電源 電動モーター
電力 750PS
出力 2800 - 3200PS
推進 2軸
速力 水上17.7ノット、水中7.6ノット
航続距離 8500海里(水上10ノット)、80海里(潜航4ノット)
潜航深度 230m、圧壊深度250 - 295m
乗員 将校4名、士官40~56名
兵装 533mm魚雷発射管(前方4門、後方1門)、魚雷14
8.8 cm SK C/35 艦載砲 1門
2cmC/30対空火器2機
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U-365ナチス・ドイツ海軍で建造され、第二次世界大戦中に活動したVIIC型Uボートである。U-365は専ら北極海でイギリスからムルマンスクアルハンゲリスクへ向かう輸送船団を攻撃し、主にバレンツ海で船団と合流するソ連船を標的とした。

哨戒

1942年から1943年にかけてフレンスブルクで建造されたVIIC型UボートのU-365は魚雷発射管5門と、小型の標的用に艦載砲を装備していた。艦長は有能だがやや用心深いハイマー・ヴェーデマイヤー大尉が務め、ノルウェーのベルゲンを拠点とする第9潜水隊群に配属される前、潜水艦と乗組員を訓練し、U-365の最初の3回の哨戒を行った。

U-365の初期の作戦行動は北海北極海での秘密作戦の支援であり、その間は連合国船や基地への攻撃に関わらなかった。哨戒する海域をノヴァヤゼムリャ周辺の凍った海に変更し、第5潜水隊群に移籍した5回目の哨戒でU-365は戦果を出した。8月12日、この海域でU-365は小規模なソ連船団を発見し、7,540総登録トンの貨物船とその護衛である625トンの掃海艇2隻を素早く撃沈した。

しかし、U-365の哨戒海域が離れていたこと、艦長の注意深い性格、1944年秋までの連合軍の対潜能力の向上によってヴェーデマイヤーは次の2回の哨戒で戦果を挙げることができず、最終的に以前U-48で大成功を収め、活動的な潜水艦乗りとして評価を得ていたディーター・トーデンハーゲン中尉と交代した。彼は初哨戒中の12月6日にバレンツ海で小型のソ連哨戒艇BO-230を撃沈したため、この交代は成功とされた。5日後、彼は連合国の船団への攻撃を決定し、イギリス駆逐艦カサンドラ英語版を大破させた。しかし、攻撃の準備中にU-365の位置が明らかになり、わずか2日後に護衛空母カンパニアから発艦した第813飛行隊所属のフェアリー・ソードフィッシュ2機に発見され、ロフォーテン諸島付近で爆弾により沈没した。U-365の乗組員全員が艦内で死亡した。

ウルフパック

U-365は6つのウルフパックに参加した。

  • トルツ (1944年6月28日~7月10日)
  • グライフ (1944年8月5日~18日)
  • ツォルン (1944年9月29日~10月1日)
  • グリム (1944年10月1日~2日)
  • パンサー (1944年10月18日~11月8日)
  • シュティール (1944年11月25日~12月13日)

戦果一覧

日付 船名 国籍 総トン数[Note 1] 結果[1]
1944年8月12日 マリーナ・ラスコヴァ ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 7,540 沈没
1944年8月12日 T-118  ソビエト連邦海軍 625 沈没
1944年8月12日 T-114  ソビエト連邦海軍 625 沈没
1944年12月6日 BO-230  ソビエト連邦海軍 105 沈没
1944年12月11日 カサンドラ  イギリス海軍 1,710 損傷

脚注

参考文献

外部リンク

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