U358 (潜水艦)
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| U-358 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 建造所 | フレンスブルク造船、フレンスブルク |
| 運用者 |
|
| 艦種 | 潜水艦 |
| 級名 | UボートVIIC型 |
| 艦歴 | |
| 発注 | 1939年10月26日 |
| 起工 | 1940年6月25日 |
| 進水 | 1942年4月30日 |
| 就役 | 1942年8月15日 |
| 最期 | 1944年3月1日、アゾレス諸島の北でイギリス軍艦によって沈没[1] |
| 要目 | |
| 基準排水量 | 769t |
| 水中排水量 | 871t |
| 全長 | 67.1m(耐圧殻50.5m) |
| 最大幅 | 6.2m(耐圧殻4.7m) |
| 吃水 | 4.74m |
| 高さ | 9.6m |
| 主機 | ディーゼルエンジン2基 |
| 電源 | 電動モーター |
| 電力 | 750PS |
| 出力 | 2800 - 3200PS |
| 推進 | 2軸 |
| 速力 | 水上17.7ノット、水中7.6ノット |
| 航続距離 | 8500海里(水上10ノット)、80海里(潜航4ノット) |
| 潜航深度 | 230m、圧壊深度250 - 295m |
| 乗員 | 将校4名、士官40~56名 |
| 兵装 |
533mm魚雷発射管(前方4門、後方1門)、魚雷14またはTMA機雷26 8.8 cm SK C/35 艦載砲 1門 2cmC/30対空火器2機 |
U-358は第二次世界大戦中のナチス・ドイツ海軍のVIIC型Uボートである。
U-358は1944年3月1日にアゾレス諸島の北でイギリス軍艦によって沈没する前に5回の哨戒を行った。
U-358は4隻の船と軍艦1隻を撃沈した。
第1哨戒
U-358は1940年6月25日にフレンスブルクのフレンスブルク造船所で建造番号477として起工され、1942年4月30日に進水し、8月15日にロルフ・マンケ中尉の指揮下で就役した。
U-358の最初の哨戒は2部に分かれており、1943年1月12日にキールを出港して開始された。16日にノルウェーのクリスチャンサンを出港して始まった第2部の途中、アイスランドとフェロー諸島の間の隙間を通過し、22日にこれらの諸島の西約200海里(370km、230マイル)でネヴァを撃沈した。26日、ファーベル岬(グリーンランド)の西でノルトインドを撃沈した。3月8日、占領下のフランスのサン・ナゼールに到着した。
第2哨戒
1943年4月11日にサン・ナゼール(U-358の残りの活動拠点となった)を出港したU-358はブリストル・シティとウェントワースを撃沈した。しかしファーベル岬の南でロバート・アトキンソン大尉が指揮するイギリスのコルベットのピンクから攻撃を受け、大破した。(この攻撃は当初ピンクがU-192を大破させたとされていた)
第3哨戒
U-358は3回目の出撃で南に向かい、西アフリカ沿岸のギニア湾まで進出した。84日間にかけて行われ、U-358にとって最長の哨戒となった。
第4哨戒
U-358は4回目の哨戒をアゾレス諸島の北東で行った。
第5哨戒と沈没
1944年2月14日、U-358はサン・ナゼールを出港した。29日からアゾレス諸島の北でイギリスのフリゲートのゴウルド、アフレック、ゴア、ガーライズから追跡を受けた。ゴアとガーライズは攻撃を中止し、燃料補給のためジブラルタルまで航行した。3月1日、U-358はゴウルドを撃沈したが、アフレックは攻撃を続け、U-358を浮上させた後、砲撃で撃沈した。
ウルフパック
U-358は11つのウルフパックに参加した。
- ハウデゲン (1943年1月27日~2月2日)
- ノルトシュトゥルム (1943年2月2日~9日)
- ハウデゲン (1943年2月9日~15日)
- タイフーン (1943年2月15日~20日)
- 名称無し (1943年4月15日~18日)
- シュペヒト (1943年4月19日~5月4日)
- フィンク (1943年5月4日~6日)
- シル (1943年11月2日~16日)
- シル1 (1943年11月16日~22日)
- ヴェッディゲン (1943年11月22日~12月7日)
- プロイセン (1944年2月22日~3月1日)